・・・「杢さん、どこから仕入れて来たよ。」「縁の下か、廂合かな。」 その蜘蛛の巣を見て、通掛りのものが、苦笑いしながら、声を懸けると、……「違います。」 と鼻ぐるみ頭を掉って、「さとからじゃ、ははん。」と、ぽんと鼻を鳴らす・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 亀やんは毎朝北田辺から手ぶらで出てきて河堀口の米屋に預けてある空の荷車を受けとると、それを引っぱって近くの青物市場へ行き、仕入れた青物つまり野菜類をその車に載せて、石ヶ辻や生国魂方面へかけて行商します。私はその米屋の二階に三畳を間借り・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 二十八の歳に朝鮮から仕入れた支那栗を売って、それが当って相当の金が出来ると、その金を銀行に預けて、宗右衛門町の料亭へ板場の見習いにはいり、三年間料理の修業をした後、三十一歳で雁次郎横丁へ天辰の提灯を出した。四年の間に万とつく金が出来て・・・ 織田作之助 「世相」
・・・正月を当てこんでうんと材料を仕入れるのだとて、種吉が仕入れの金を無心に来ると、「私には金みたいなもんあらへん」種吉と入れ代ってお辰が「維康さんにカフェたらいうとこイ行かす金あってもか」と言いに来たが、うんと言わなかった。 年が明け、松の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・がこれでまだ、発つ朝に塩瀬へでも寄って生菓子を少し仕入れて行かなくちゃ……」 壁の衣紋竹には、紫紺がかった派手な色の新調の絽の羽織がかかっている。それが明日の晩着て出る羽織だ。そして幸福な帰郷を飾る羽織だ。私はてれ隠しと羨望の念から、起・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・彼女は年と共に口ざみしかったので、熊吉からねだった小遣で菓子を仕入れて、その袋を携えながら小さな甥達の側へ引返して行った。「太郎も来いや。次郎も来いや。お前さん達があの三吉をいじめると、このおばあさんが承知せんぞい」 とおげんは戯れ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・家を借りまして、一度の遊興費が、せいぜい一円か二円の客を相手の、心細い飲食店を開業いたしまして、それでもまあ夫婦がぜいたくもせず、地道に働いて来たつもりで、そのおかげか焼酎やらジンやらを、割にどっさり仕入れて置く事が出来まして、その後の酒不・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・中畑さんも既に独立して呉服商を営み、月に一度ずつ東京へ仕入れに出て来て、その度毎に私のところへこっそり立ち寄ってくれるのである。当時、私は或る女の人と一軒、家を持っていて、故郷の人たちとは音信不通になっていたのであるが、中畑さんは、私の老母・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・、何かと要らない手伝いなどして、とうとう私はその木賃宿に連れて行かれ、それがまあ悪縁のはじまりでございまして、二つの屋台をくっつけて謂わばまあ店舗の拡張という事になり、私は大工さんの仕事やら、店の品の仕入れやら、毎日へとへとになるまで働き、・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・つまり、その漁師は、青森あたりにさかなを売りに行って、そうして帰りに青森の闇屋にだまされて、三升、いや、四升かも知れん、サントリイウイスキイなる高級品を仕入れて来て、そうしてきょう朝っぱらから近所の飲み仲間を集めて酒盛りをひらいていた、そこ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫