・・・「厭だって仕方が無いよ。僕等は食わずにゃ居られんからな。それに厭だって云い出す段になったら、そりゃ君の方の婆さんばかしとは限らないよ」 夕方近くになって、彼は晩の米を買う金を一円、五十銭と貰っては、帰って来る。と、彼は帰りの電車の中・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・二十日ばかり心臓を冷やしている間、仕方が無い程気分の悪い日と、また少し気分のよい日もあって、それが次第に楽になり、もう冷やす必要も無いと言うまでになりました。そして、時には手紙の三四通も書く事があり、又肩の凝らぬ読物もして居りました。 ・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・少しばかり恰好の滑稽なのは仕方がないのである。彼は滅多に口を利かない。その代りいつでもにこにこしている。おそらくこれが人の好い聾の態度とでもいうのだろう。だから商売は細君まかせである。細君は醜い女であるがしっかり者である。やはりお人好のお婆・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・それに私もお付き申しているから、と言っても随分怪しいものですが、まあまあお気遣いのようなことは決してさせませんつもり、しかしおいやでは仕方がないが。 いやでござりますともさすがに言いかねて猶予う光代、進まぬ色を辰弥は見て取りて、なお口軽・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・』 さアと促されて吉次も仕方なく連れだって行けば、お絹は先に立ち往来を外れ田の畔をたどり、堤の腰を回るとすぐ海なり。沖はよく和ぎて漣の皺もなく島山の黒き影に囲まれてその寂なるは深山の湖水かとも思わるるばかり、足もとまで月影澄み遠浅の砂白・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ことには恋愛に熱中し得る力は、また君につくし、仕事にささげ得る力であることを思えば、生ぬるい恋の仕方をむしろしりぞけたくなる。だからこれは恋する力が強いのが悪いのではなく、知性や意力が弱いのがいけないのだ。奔馬のように狂う恋情を鋭い知性や高・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・殊に、絶滅の仕方が惨酷であったゞけ、その効果が多いような感じがした。 彼等は、自分の姓名が書かれてある下へ印を捺して、五円と、いくらか半ぱの金を受取った。その金で街へ遊びに行ける。彼等は考えた。「おや、こいつはまた偽札じゃないか。」・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 強て何か話が無いかとお尋ねならば、仕方がありません、わたくしが少時の間――左様です、十六七の頃に通学した事のある漢学や数学の私塾の有様や、其の頃の雑事や、同じ学舎に通った朋友等の状態に就いてのお話でも仕て見ましょう。今でも其の時分の面・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ 仕方なくお安だけが面会に出掛けて行った。しばらくしてお安が涙でかたのついた汚い顔をして、見知らない都会風の女の人と一緒に帰ってきた。その人は母親に、自分たちのしている仕事のことを話して、中にいる息子さんの事には少しも心配しなくてもいゝ・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・七「出来ないって、何うも仕方がない、お米が天から授からないので」内儀「そんな事を云っていらしっては困ります、何処へでも忠実にお歩きあそばせば、御贔屓のお方もいかいこと有りまして来い/\と仰しゃるのにお出でにもならず、実に困ります、殊・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
出典:青空文庫