・・・わずかなお給金の中から、二円でも三円でも毎月かかさず親元へ仕送りをつづけた。十八になって、向島の待合の下女をつとめ、そこの常客である新派の爺さん役者をだまそうとして、かえってだまされ、恥ずかしさのあまり、ナフタリンを食べて、死んだふりをして・・・ 太宰治 「古典風」
・・・学校を卒業できなかったので、故郷からの仕送りも、相当減額されていた。一層倹約をしなければならぬ。杉並区・天沼三丁目。知人の家の一部屋を借りて住んだ。その人は、新聞社に勤めて居られて、立派な市民であった。それから二年間、共に住み、実に心配をお・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ ただ、T家よりの銅銭の仕送りに小心よくよく、或いは左、或いは右。真実、なんの権威もない。信じないのか、妻の特権を。 含羞は、誰でも心得ています。けれども、一切に眼をつぶって、ひと思いに飛び込むところに真実の行為があるのです。できぬとな・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・肉親からの仕送りがまるで無い様子で、或る時は靴磨きをした事もあり、また或る時は宝くじ売りをした事もあって、この頃は、表看板は或る出版社の編輯の手伝いという事にして、またそれも全くの出鱈目では無いが、裏でちょいちょい闇商売などに参画しているら・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・当時私は大学の講師をして月給三十五円とおやじからの仕送りで家庭をもっていたのである。かくして幼稚なるアマチュアはパトロンを得たのである。その後自分の書いたものについて、夏目先生から「今度のは虚子がほめていたよ」というような事を云われて、ひど・・・ 寺田寅彦 「高浜さんと私」
・・・ハンチングをかぶった学生のボルの姿は、ただひとつの道しるべだったけれど、小野たちとはべつな東京で、すぐ明日からも働き場所をめっけて、故郷に仕送りしなければならぬ生活の方が、まだ何倍も不安であった。足をかわすたびにポクリ、ポクリと、足くびまで・・・ 徳永直 「白い道」
・・・親の仕送りをうけている学生は市民税は払わない。昼間つとめている少年だの若者たちの得ることの出来る月給とは、一体いかほどのものであろう。 親の仕送りをうける学生は眼前に親の生活の経済的な助けとはなっていない。昼間勤めている夜の学校の学生は・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・ 後へ引けないことになって結婚、大森にいい家が出来、百五十円ずつ仕送りして、大学か何かへ行って居るんですが、一向それで満足もして居ないんですな、 一つ心配なことがある、 何だ もうじき試験になるんだが、それだけはどうしても通・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・その母を扶けるために金や子供の衣類を稼ぎの中から仕送りして来る淫売婦である母の妹、性的生活は荒々しい生活の裡に露骨にあらわれて、少女のアグネスに恐怖と嫌悪とを植えつけてしまっている。「大人になるとほかの一切の大人がすることをする――性に没頭・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・ 喜び勇んだバルザックはアルスナール図書館近くの屋根裏に一部屋をかり、寝台と机と二三脚の椅子と、餓え死しないだけの仕送りとをもって、愈々「ナポレオンが剣によって始めたところを筆によって成就する」ため、復古時代から七月革命を経て、複雑きわ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫