・・・昔の束髪連なぞが蒼い顔をして、光沢も失くなって、まるで老婆然とした容子を見ると、他事でも腹が立つ。そういう気象だ。「お互いに未だ三十代じゃないか――僕なぞはこれからだ」と相川は心に繰返していた。 二人は並んで黙って歩いた。 やや暫時・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・あんな小僧っ子の事で、何だ、グズグズ気をとられてるなんて、他事 汽車が、速度をゆるめた。彼は、眠った風をして、プラットフォームに眼を配った。プラットフォームは、彼を再び絶望に近い恐愕に投げ込んだ。 白い制服、又は私服の警官が四五十人・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・た歌道茶事までも堪能に渡らせらるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なりと申さば、国家の大礼、先祖の祭祀も総て虚礼なるべし、我等この度仰を受けたるは茶事に御用に立つべき珍らしき品を求むる外他事なし、これが主命なれば、身命に懸けて・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・た歌道茶事までも堪能に渡らせらるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なりと申さば、国家の大礼、先祖の祭祀も総て虚礼なるべし、我等この度仰を受けたるは茶事に御用に立つべき珍らしき品を求むる外他事なし、これが主命なれば、身命に懸けて・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫