・・・そんな訳であるから、この一篇は畢竟思い付くままの随筆であって、もとより論文でもなく、考証ものでもなく、むしろ一種の読後感のようなものに過ぎない。この点あらかじめ読者の諒解を得ておかなければならないのである。 西鶴の人についてもあまりに何・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ウィリアムは醒めて苦しく、夢に落付くという容子に見える。糸の音が再び落ちつきかけた耳朶に響く。今度は怪しき音の方へ眼をむける。幹をすかして空の見える反対の方角を見ると――西か東か無論わからぬ――爰ばかりは木が重なり合て一畝程は際立つ薄暗さを・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・――その解決が付けば、まずそのライフだけは収まりが付くんだから。で、私の身にとると「くたばッて仕舞え!」という事は、今でも有意味に響く。そこでこの心持ちが作の上にはどう現れているかと云うと、実に骨に彫り、肉を刻むという有様で、非常な苦労で殆・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・食い付くように見ていたよ。 そしたらそれはたしかに銀か黄金かのかけらなのだ。 黄金をだせば銀のかけらを返してよこす。 そしてその人は入って行く。 だからペムペルも黄金をポケットにさがしたのだ。『ネリ、お前はここに待っとい・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・化に乏しいと云う点、自分が女性としての性的生活を完全に営んでいなかった事又は、女性の一人として同性の裡に入っていると、自分達の特性に対して馴れ切って無自覚に成りがちであると一緒に、却って欠点が互に目に付くと云うような諸点から、今まで自分にと・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・なにより先に落付く住居はどうして見いだせるか。さらに、百万人の失業と予告されているその百万分の二に二人がなる可能についての憂慮ではなかっただろうか。ここに、今日の日本の民主主義の実状があり、その段階がある。封建的な人間性の否定に抗すると同時・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・朝飯のとき前もってきめられていた方の室へ落付くと、石段町の裏の眺めはなかなか風情があった。古風なその一室は、余り高くない裏の崖を右手にして、正面は屋根ごしに、眺望がひらけている。遙かむこうに、もっくりと、この地方独特に孤立した山が一つ見えて・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・ 私共は壁を紙ではり、台所のテーブルの工合をなおし、私の机の前にはカーテンを下げ、すっかり落付くようにした。 考えて見ると、人間の主我的なところと、ハムブルな弱いところとをよく現して居る。こんな家でもあった丈有難く思う謙遜さ またそ・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・ 第一そんなに吸い付くということは衛生的でない。口の中には沢山のバチルスをもっているというようなことは子供の時から教えられて居る、そういうスローガンが衛生教育の一つの定規になっている位だ。 * 共産青年団・・・ 宮本百合子 「ソヴェトに於ける「恋愛の自由」に就て」
・・・それでこんな家に住んでいたら、気が落ち付くだろうというような心持がした。 表側は、玄関から次の間を経て、右に突き当たる西の詰が一番好い座敷で、床の間が附いている。爺さんは「一寸御免なさい」と云って、勝手へ往ったが、外套と靴とを置いて、座・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫