・・・たりの溝へ放棄り経綸と申すが多寡が糸扁いずれ天下は綱渡りのことまるまる遊んだところが杖突いて百年と昼も夜ものアジをやり甘い辛いがだんだん分ればおのずから灰汁もぬけ恋は側次第と目端が利き、軽い間に締りが附けば男振りも一段あがりて村様村様と楽な・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ とまた附けたした。 しかし、熊吉は姉の養生園行を見合せないのみか、その翌日の午後には自分でも先ず姉を見送る支度をして、それからおげんのところへ来た。熊吉は姉の前に手をついて御辞儀した。それほどにして勧めた。おげんはもう嘆息してしま・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。片端は陸に上がっていて、片端は河水に漬かっている。その上に鴉が一羽止まっている。年寄って小さくなった鴉である。黒い羽を体へぴったり付けて、嘴の尖った頭を下へ向けて、動かずに何か物思に沈んだよう・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・とお言い附けになりました。 ウイリイは、この羽根はただ森の中に落ちていたのを拾ったのですから、そういう王女がどこにお出でだか、私は全でしらないのですと、ありのままを申し上げました。けれども王さまはお聞き入れにならないで、ぜひともつれて来・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・だけれどあの人はなんにでも鬱金香を付けなくちゃあ気が済まないのだもの。(乙、目を雑誌より放し、嘲弄の色を帯びて相手を見る。甲、両手を上沓に嵌御覧よ。あの人の足はこんなに小さいのよ。そして歩き付きが意気だわ。お前さんまだあの人・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・巴里のように 48 | 23 とすれば、まだしも少しわかりよいのに、何でもかでも三桁おきにコンマを附けなければならぬ、というのは、これはすでに一つの囚れであります。老博士はこのようなすべての陋習を打破しようと、努めているのであります。えらい・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・風采はかなりで、極力身なりに気を附けている。そして文士の出入する珈琲店に行く。 そこへ行けば、精神上の修養を心掛けていると云う評を受ける。こう云う評は損にはならない。そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るか・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・町の掃除人の妻にやった心附け、潜水夫にやった酒手、私立探偵事務所の費用なんぞである。 引き越したホテルはベルリン市のまるであべこべの方角にある。宿帳へは偽名をして附けた。なんでもホテルではおれを探偵だと思ったらしい。出入をするたびに、ホ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・が世人に親しくないために、その国語に熟しない人には容易に食い付けない。それで彼の仕事を正当に理解し、彼のえらさを如実に估価するには、一通りの数学的素養のある人でもちょっと骨が折れる。 到底分らないような複雑な事は世人に分りやすく、比較的・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・私は殊更父母から厳しく云付けられた事を覚えて居る。今一つ残って居る古井戸はこれこそ私が忘れようとしても忘られぬ最も恐ろしい当時の記念である。井戸は非常に深いそうで、流石の安も埋めようとは試みなかった。現在は如何なる人の邸宅になって居るか知ら・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫