・・・おまえは、ついさっき、物語のなかに私生活の上の弁解を附加することは邪道であると明言したばかりのところでは無いか。矛盾しないか。矛盾していないのである。そろそろ小説の世界の中にはいって来ているのであるから、読者も、注意が肝要である。 立ち・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 私は、ただ読ませただけで、なんの説明も附加しなかった。三浦君は、首をかしげて考えていたが、やがて、淋しそうに笑って、「ありがとう。」と言った。 けれども、それから十日ほど経って、三浦君から、姉の律子と結婚する事にきめました、という・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・ 写楽以外の古い人の絵では、人間の手はたとえば扇や煙管などと同等な、ほんの些細な付加物として取り扱われているように見える場合が多い。師宣や祐信などの絵に往々故意に手指を隠しているような構図のあるのを私は全く偶然とは思わない。清長などもこ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ 視覚的映画に聴覚的な音響を付加することは本質的に異なる別の次元を新たに増加することであるが、色彩の付加は単に視覚的なものの属性の補充に過ぎない。それだから、たとえば色彩再現の科学的技術がいかに発達したとしても、それがために発声映画がも・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・すなわちまず三次元の空間の幾何学に一次元の時間を加えた運動学的の世界を構成し、さらにこれに質量あるいは力の観念を付加した力学的の世界像を構成し、そうして日常の生活をこれによって規定していることは事実である。もしも、これがなかったら、われわれ・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・これは決して音楽を冒涜するものではなくて、音楽の領域に新しきディメンジョンを付加することの可能性を暗示するものではないかと思われる。これが、別に頼まれもせぬ自分がこの変わった映画の提燈をもって下手な踊りを踊るゆえんである。・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・という事が上記の記載に付加されていた。 この話を導き出しそうな音の原因に関する自分のはじめの考えは、もしや昆虫かあるいは鳥類の群れが飛び立つ音ではないかと思ってみたが、しかしそれは夜半の事だというし、また魚が釣れなくなるという事が確実と・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ ところが、おかしなことにはつい近年になってこのM君の無意味らしく思われた言葉が少しずつ幾分かの意味を附加されて記憶の中に甦って来るような気がする、というのは、どうかして宴会や友達との会合などが引続いて毎日御馳走を喰っていると、その揚句・・・ 寺田寅彦 「変った話」
近ごろある地方の小学校の先生たちが児童赤化の目的で日本固有のおとぎ話にいろいろ珍しいオリジナルな解釈を付加して教授したということが新聞紙上で報ぜられた。詳細な事実は確かでないが、なんでもさるかに合戦の話に出て来るさるが資本・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・それで、ただ一概に断片的な通俗科学はいかなる場合でも排斥すべきものであるかのような感を読者にいだかせるような所説に対しては、少なくも若干の付加修正を必要とするであろうと思われた。この機会についでながら付記しておく次第である。 ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫