・・・ とか言って、腹が空いているんですから、五つ紋も、仙台平も、手づかみの、がつがつ喰。…… で、それ以来――事件の起りました、とりわけ暑い日になりますまで、ほとんど誰も腹に堪るものは食わなかったのです。――……つもっても知れましょうが、講・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 十三「上の鳥居の際へ一人出て来たのが、これを見るとつかつかと下りた、黒縮緬三ツ紋の羽織、仙台平の袴、黒羽二重の紋附を着て宗十郎頭巾を冠り、金銀を鏤めた大小、雪駄穿、白足袋で、色の白い好い男の、年若な武士で、大小・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・鶴の丸の紋服を着て、仙台平の袴をはいて、白足袋、そんな姿でこの馬車にゆったり乗って銀座八丁を練りあるきたい。ああ、このごろ私は毎日、新郎の心で生きている。┌昭和十六年十二月八日之を記せり。 ┐└この朝、英米と戦端ひらくの報を・・・ 太宰治 「新郎」
・・・家内は之を仙台平だと思っている。結婚式の時にはいていたのだから仙台平というものに違い無いと、独断している様子なのである。けれども、私は貧しくて、とても仙台平など用意できない状態だったので、結婚式の時にも、この紬の袴で間に合せて置いたのである・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・いつも黒紋付に、歩くときゅうきゅう音のする仙台平の袴姿であったが、この人は人の家の玄関を案内を乞わずに黙っていきなりつかつか這入って来るというちょっと変った習慣の持主であった。 いつか熱が出て床に就いて、誰も居ない部屋にただ一人で寝てい・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・浪花ぶし語りみたい仙台平の袴をつけた深水の演説のつぎに、チョッキの胸に金ぐさりをからませた高坂が演壇にでて、永井柳太郎ばりの大アクセントで、彼の十八番である普通選挙のことをしゃべると、ガランとした会場がよけいめだった。演壇のまわりを、組合員・・・ 徳永直 「白い道」
・・・紋の大きいのは結構だ。仙台平の袴も始めてサ。こんなにキュウキュウ鳴ると恥かしいようだ。」「お雑煮をも一つ上げよか。」「もうよございます。屠蘇をも一杯飲もうか。おいおい硯と紙とを持て来い。何と書てやろうか。俳句にしようか。出来た出来た。大三十・・・ 正岡子規 「初夢」
出典:青空文庫