・・・ 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふざけるのだ、きりきりきょうでえをだしておかねえか。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・続いて、仙女香、江戸の水のひそみに傚って、私が広告を頼まれたのでない事も断っておきたい。 近頃は風説に立つほど繁昌らしい。この外套氏が、故郷に育つ幼い時分には、一度ほとんど人気の絶えるほど寂れていた。町の場末から、橋を一つ渡って、山の麓・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・女はまた一つの青い色の罎を取出しましたから、これから怨念が顕れるのだと恐を懐くと、かねて聞いたとは様子が違い、これは掌へ三滴ばかり仙女香を使う塩梅に、両の掌でぴたぴたと揉んで、肩から腕へ塗り附け、胸から腹へ塗り下げ、襟耳の裏、やがては太股、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 美くしい絵や、花床や、珠飾りを見ながら、心の中にいつの間にか滑りこんで来る仙女や、木魂や、虫達を相手に、果もない空想に耽っていた、あのときの夢のような心持。 自分がものを覚えるようになった日から続いていた幻の王国の領地で、或るとき・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫