・・・ 祖母が縫ってくれた鞄代用の更紗の袋を、斜っかいに掛けたばかり、身は軽いが、そのかわり洋傘の日影も持たぬ。 紅葉先生は、その洋傘が好きでなかった。遮らなければならない日射は、扇子を翳されたものである。従って、一門の誰かれが、大概洋傘・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・箱は光だったが、中身は手製の代用煙草だった。それには驚かなかったが、バラックの中で白米のカレーライスを売っているのには驚いた。日本へ帰れば白米なぞ食べられぬと諦めていたし、日本人はみな藷ばかり食べていると聴いて帰ったのに、バラックで白米の飯・・・ 織田作之助 「世相」
・・・思ったよりか感心しなかったのサ、森とした林の上をパラパラと時雨て来る、日の光が何となく薄いような気持がする、話相手はなしサ食うものは一粒幾価と言いそうな米を少しばかりと例の馬の鈴、寝る処は木の皮を壁に代用した掘立小屋」「それは貴様覚悟の・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・もし真に古銅からの音転なら、少しは骨董という語を用いる時に古銅という字が用いられることがありそうなものだのに、汨董だの古董だのという字がわざわざ代用されることがあっても、古銅という字は用いられていない。てきせいこうは通雅を引いて、骨董は唐の・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・長女のマサ子も、長男の義太郎も、何か両親のそんな気持のこだわりを敏感に察するものらしく、ひどくおとなしく代用食の蒸パンをズルチンの紅茶にひたしてたべています。「昼の酒は、酔うねえ。」「あら、ほんとう、からだじゅう、まっかですわ。」・・・ 太宰治 「おさん」
・・・やはり一組の酔っぱらい客があり、どうせまた徹夜になるのでしょうから、いまのうちに私たちだけ大いそぎで、ちょっと腹ごしらえをして置きましょう、と私から奥さまにおすすめして、私たち二人台所で立ったまま、代用食の蒸しパンを食べていました。奥さまは・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・のおそろしく高いカラスミを買わされ、しかも、キヌ子は惜しげも無くその一ハラのカラスミを全部、あっと思うまもなくざくざく切ってしまって汚いドンブリに山盛りにして、それに代用味の素をどっさり振りかけ、「召し上れ。味の素は、サーヴィスよ。気に・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・という言葉をもって代用してもたいしてさしつかえないという事はプドーフキンの著書の英訳にエディチングという英語を当ててあることからも想像されるであろう。またこの著者がそのモンタージュを論じた一章の表題に「素材の取り扱い方」という平凡な文字を使・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・の利用であって、人間の脳の記憶の代用に過ぎない。しかし真に不思議なのはフィルムの逆行による時の流れの逆流である。たとえば燃え尽くした残骸の白い灰から火が燃え出る、そうしてその火炎がだんだんに白紙や布切れに変わって行ったりする。あるいはまた、・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・例えば抽象的な論理学の書物に代用されるような映画フィルムを作ることは不可能でないまでも、現在のところでは甚だ困難な仕事である。しかしこの空想は未来における映画の応用の可能性の広大なことを暗示するものとしての価値は十分にあるであろう。 文・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
出典:青空文庫