・・・それでもその花一つ取る者は仮にもない。どんな子供でも決して取るなんという事はないそうだ。それが日本ではどうだ。白壁があったら楽書するものときまって居る。道端や公園の花は折り取るものにきまって居る。もし巡査が居なければ公園に花の咲く木は絶えて・・・ 正岡子規 「墓」
・・・バルザックの小説の場面が髣髴される。仮に、首相が楢橋氏の進言に従って三菱の婿としての立場を考え直す、ということで、国を憂える真意を裏づけようとでもしたら、政府は、目下試みているような憲法草案を仮名まじり文にしただけの押しつけや、労働法の骨抜・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・ 真実を儚かない態度とか、同情、愛というような私たち人間の感情を、古風な学問の範疇では道徳、倫理の枠に入れて考えて、科学とそういうものとは別々に云いもし、教えもしていた。仮に二つのものを一つに結び合わして考えたい心持のひとは、二つに分け・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・惨苦がパセティックという感情に、導かれて、通俗人をそこの廃跡にいる間は厳粛にさせ、歴史の犠牲について、人間の発展について思わせる迫力をもって整理されている。仮に下関から東京までの戦災の、あの空虚、又只乏しさ丈の見える平面が、どんな感情をそそ・・・ 宮本百合子 「観光について」
・・・だが、仮にモーロアの述作が真の歴史の動因をときあかしているものでないことが直感されたとして、読者はほかにどんな本を見つけることが出来るのだろう。どこにより正確な解明を見出す手がかりをさがせるというのだろう。 何か知りたくて一つの本を読む・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・ 仮に、そういう切迫した事態に立ち至ったとき、或る区に食糧管理委員会が出来て、板橋でやったように、どこかに隠匿されている食糧を発見し、ああいう風に特配したとする。その場合、警視庁は、その方法を適当と認めていないのであるから、何かの形で取・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・ ――なに? なに? 見せて! ――どけよ。そんなに顔だしちゃ邪魔んなるよ。 それは、「若い観衆の劇場」教育部員が苦心して製作した、児童の心理統計とでもいうものだった。 ――仮に、この「インドの子供」をはじめて公演したとしま・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・余りどこもかしこも荒っぽく殺気だっている明暮だから、せめて台所ののれんぐらいはと、仮に「こうげい」でそんなものでも買う人々の暮しは、現実にはその台所の戸棚に相当な食糧の補充も蓄えられている人々のことである。そもそものれんの発祥した庶民の暮し・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・「そんなら君が仮に僕の地位に立って、歴史を書かなくてはならないとなったら、どうする。」「僕は歴史を書かなくてはならないような地位には立たない。御免を蒙る。」綾小路の顔からは微笑の影がいつか消えて、平気な、殆ど不愛想な表情になっている・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・途次線路の壊れたるところ多し、又仮に繕いたるのみなれば、そこに来るごとに車のあゆみを緩くす。近き流を見るに、濁浪岸を打ちて、堤を破りたるところ少からず。されど稲は皆恙なし。夜軽井沢の油屋にやどる。 二十七日、払暁荷車に乗りて鉄道をゆく。・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫