・・・曾ては金持や、資本家というものを仮借なく敵視した時代もあったが、これ等の欲深者も死ぬ時には枕許に山程の財宝を積みながら、身には僅かに一枚の経帷衣をつけて行くに過ぎざるのを考えると、おかしくなるばかりでなく、こうした貯蓄者があればこそ地上の富・・・ 小川未明 「春風遍し」
・・・がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たような訳ですからな、この上は一歩も仮借する段ではありません。如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・六月にはいると、盆地特有の猛烈の暑熱が、じりじりやって来て、北国育ちの私は、その仮借なき、地の底から湧きかえるような熱気には、仰天した。机の前にだまって坐っていると、急に、しんと世界が暗くなって、たしかに眩暈の徴候である。暑熱のために気が遠・・・ 太宰治 「美少女」
・・・我国の文化は今も昔と同じく他国文化の仮借に外ならないのである。唯仔細に研究し来って今と昔との間にやや差異のあるが如く思われるのは、仮借の方法と模倣の精神とに関して、一はあくまで真率であり、一は甚しく軽浮である。一は能く他国の文化を咀嚼玩味し・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 歴史はその仮借なさで「伸子」を永年にわたって変化させ、前進させた。「二つの庭」「道標」及びこれからかきつづけられてゆくいくつかの続篇をとおして、「伸子」のうちに稚くひびいている主題は追求され展開されてゆくであろう。 伸子一人の問題・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・嵐よ仮借なく吹き捲って徒らな瑣事と饒舌に曇った私の頭脳を冷せ。春三月 発芽を待つ草木と二十五歳、運命の隠密な歩調を知ろうとする私とは双手を開き空を仰いで意味ある天の養液を四肢 心身に 普く浴びようとす・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・原作は遙に現実の仮借なさを描いていて、王龍は蓮英を追っぱらおうなどせず阿蘭は依然として紛糾する家庭の中で王龍に先立たれて了うのである。「大地」の監督に当ったシドニー・フランクリンは、ムニやライナーを東洋人として演じさせるためにこまかい注・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・正しさのためにも婦人は自分と愛する者たちの運命とを、歴史の仮借ない歯車の間においたのであった。 ヨーロッパの婦人たちが、民主平和のヨーロッパ再建のための連合国憲章にもとづいて、婦人たちの大統一戦線をこしらえはじめたこころもちは、同感され・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・このたびの決議のレーニン的基礎づけ、思想的基礎づけの半ばは、同志小林が全力を傾けて実践した日和見主義との仮借なき闘争の成果によって行われたと云っても過言ではないであろう。 同志小林の不滅の精神は、今日われわれが正しい決議を発表し得るに至・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・を苦しめたよりも更に深く苦しみながら私がもがいたのはアーネストに対してではなかったのだということが、愛の必要と欲求と、私の生れたそもそもの初めからこすりこまれた愛と性とに対する歪められた観念との間に、仮借することない闘争が私の心の中で行われ・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
出典:青空文庫