・・・また少し極端な例を仮想してみるとすれば、たとえばフランスでナポレオンの記念祭に大統領が演説したりする際に、もしも本物のナポレオンの声や、ウォータールーの砲声や、セントヘレナの波の音のレコードが適当に插入されたとしたら、それは実に不思議な印象・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・しかしもしも万一これら質的研究の十中の一から生まれうべき健全なるものの萌芽が以上に仮想したような学風のあらしに吹きちぎられてしまうような事があり、あるいは少しの培養を与えさえすればものになるべきものを水をやらないために枯死させてしまうような・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・Cといったような一人の仮想的個人の詩か小説であるのと何も変わったことはないであろう。 ここで考えているような立場からすれば、普通の文学的作品は一種の分析であるのに対して連句は一種の編成であるとも言われる。前者は与えられた一つのものに内在・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・読者にしてもし、私の不思議な物語からして、事物と現象の背後に隠れているところの、或る第四次元の世界――景色の裏側の実在性――を仮想し得るとせば、この物語の一切は真実である。だが諸君にして、もしそれを仮想し得ないとするならば、私の現実に経験し・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・もしこの架空会見記をどこかに一人の女性として生活しているモデルと仮想されている人が読んだならば、彼女は描かれた女主人公榕子の人間性の粗末さと発展の可能性の失われている性格について抗議のしようもないひそかな憤りを感じているのではないだろうか。・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ こういう生活地力の方からの大衆的感情、感覚なしに、作家や評論家が従前のとおり大衆対作家・評論家というような位置を仮想しつづけて、どういう作品を大衆に与えるか、という風に問題を出したのでは真の大衆化はないし、文学における人間性の再表現も・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
出典:青空文庫