・・・しかもけっして既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を、色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするものではない。二 これらは新しい、よりよい世界の構成材料を提供しようとはする。けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値す・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ところでじゃ、あの精女の姿を思い出して見なされ、思い出すどころかとっくに目先にチラツイてある事じゃろうがマア、そのやせ我まんと云う仮面をぬいで赤裸の心を出さにゃならぬワ、昨日今日知りあった仲ではないに……第一の精霊ほんとうにそうじゃ、春・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・転向して生を守ろうと欲する人は、自分にも他人にも顔向けのできない思いで、うそをつき、仮面をつけて、現れなければならない。ここに転向というモメントから、多くの人々の精神が生涯の問題としてむしばまれ、根本から自主性を失って、マルクス主義者でなか・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・感情の三分の二ほどは恋愛的なものだが、その責任を互にさけて、対外上にも友情の仮面を便宜としているという風な自堕落なものでもないと思う。 少年少女時代から一緒に種々様々な行動をして育つ外国の両性たちの間に、細かい礼儀のおきてがあって、たと・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・そう思って知らず識らず、頑冥な人物や、仮面を被った思想家と同じ穴に陥いっていられるのではあるまいかと、秀麿は思った。 こう思うので、秀麿は父の誤解を打ち破ろうとして進むことを躊躇している。秀麿が為めには、神話が歴史でないと云うことを言明・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・あの白粉の仮面の背後に潜む小さい霊が、己を浪花節の愛好者だと思ったのがどうしたと云うのだ。そう思うなら、そう思わせて置くが好いではないか。試みに反対の場合を思って見ろ。この霊が己を三味線の調子のわかる人間だと思ってくれたら、それが己の喜ぶべ・・・ 森鴎外 「余興」
・・・父は子の造ったその仮面を見ると実に感心をしたのである。「これはよく出来とる。」 そこで、子は下駄屋にされて了った。これは夢が運命を支配した話。 佐藤春夫の頭 私は或る夜佐藤春夫の頭を夢に見た。頭だけが暗い空中に・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・ 暫くして屋根裏の奥の方で、「まアこんな処に仮面が作えてあるわ。」 という姉の声がした。 吉は姉が仮面を持って降りて来るのを待ち構えていて飛びかかった。姉は吉を突き除けて素早く仮面を父に渡した。父はそれを高く捧げるようにして・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・自分の乏しい所見によれば、ギリシアの仮面はこれほど優れたものではない。それは単に王とか王妃とかの「役」を示すのみであって、伎楽面に見られるような一定の表情の思い切った類型化などは企てられていない。かと言って、能面のある者のように積極的な表情・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
・・・付け焼き刃に白眼をくるる者は虚栄の仮面を脱がねばならぬ、高き地にあってすべてを洞察する時、虚栄は実に笑うに堪えぬ悪戯である。美を装い艶を競うを命とする女、カラーの高さに経営惨憺たる男、吾人は面に唾したい、食を粗にしてフェザーショールを買う人・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫