・・・ 十四 食うか食われるか 亀と亀とが角力をとって負けたほうが仰向けに引っくり返される。引っくり返されたが最後もう永久に起き上がる事ができないので乾干しになるそうである。猛獣の争闘のように血を流し肉を破らないから一見残・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうして露台のデッキチェアーに仰向けになって植物図鑑をゆるゆる点検しながら今採って来た品種のアイデンチフィケーションに取りかかる。やっと一つぐらい見つかるころには、朝食の用意ができた、と窓の内から声がかかるのである。 図鑑を見ただけで、・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 恩知らずの川村の畜生め! 餓鬼時分からの恩をも忘れちまいやがって、俺の頭を打ち割るなんて……覚えてろ! ぶち込まれてから吠面掻くな……。 仰向けに、天井板を見つめながら、ヒクヒクと、うずく痛みを、ジッと堪えた。 会社がロックア・・・ 徳永直 「眼」
・・・どうか吠えてくれればいいと寝返りを打って仰向けになる。天井に丸くランプの影が幽かに写る。見るとその丸い影が動いているようだ。いよいよ不思議になって来たと思うと、蒲団の上で脊髄が急にぐにゃりとする。ただ眼だけを見張って、たしかに動いておるか、・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 私は足を出したまま、上体を仰向けに投げ出した。右の足は覗き窓のところに宛てて。 涙は一度堰を切ると、とても止るものじゃない。私はみっともないほど顔中が涙で濡れてしまった。 私が仰向けになるとすぐ、四五人の看守が来た。今度の看守・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・寐棺の中に自分が仰向けになっておるとして考えて見玉え、棺はゴリゴリゴリドンと下に落ちる。施主が一鍬入れたのであろう、土の塊りが一つ二つ自分の顔の上の所へ落ちて来たような音がする。其のあとはドタバタドタバタと土は自分の上に落ちて来る。またたく・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 嘉助は、仰向けになって空を見ました。空がまっ白に光って、ぐるぐる回り、そのこちらを薄いねずみ色の雲が、速く速く走っています。そしてカンカン鳴っています。 嘉助はやっと起き上がって、せかせか息しながら馬の行ったほうに歩き出しました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そこで大学士はいい気になって、仰向けのまま手を振って、岩頸の講義をはじめ出した。「諸君、手っ取り早く云うならば、岩頸というのは、地殻から一寸頸を出した太い岩石の棒である。その頸がすなわち一つの山である。ええ。一つの山である。・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・上の弟は、一言も発せず、そのまんま又仰向けに臥てしまった。 二番目の弟は学期試験で、一人早く起き出し、食事をする部屋のテーブルの電燈の下でノートを読んでいた。すると、正面に当る廊下の両開きになっている扉の片方が細めにすーと開いて、そこか・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・笛を置いた若衆の左の手が、仰向けになっている甘利の左の胸を軽く押えた。ちょうど浅葱色の袷に紋の染め抜いてある辺である。 甘利は夢現の境に、くつろいだ襟を直してくれるのだなと思った。それと同時に氷のように冷たい物が、たった今平手がさわった・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫