・・・甚太夫はさすがに仰天しながら、ともかくもその遺書を開いて見た。遺書には敵の消息と自刃の仔細とが認めてあった。「私儀柔弱多病につき、敵打の本懐も遂げ難きやに存ぜられ候間……」――これがその仔細の全部であった。しかし血に染んだ遺書の中には、もう・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・おばあさまは、自分の部屋から火事が出たのを見つけだした時は、あんまり仰天して口がきけなくなったのだそうだけれども、火事がすむとやっと物がいえるようになった。そのかわり、すこし病気になって、せまい部屋のかたすみに床を取ってねたきりになっていた・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 宮奴が仰天した、馬顔の、痩せた、貧相な中年もので、かねて吶であった。「従、従、従、従、従七位、七位様、何、何、何、何事!」 笏で、ぴしゃりと胸を打って、「退りおろうぞ。」 で、虫の死んだ蜘蛛の巣を、巫女の頭に翳したので・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・吃驚仰天した顔をしたが、ぽんと樋の口を突出されたように飛んだもの。 瓢箪に宿る山雀、と言う謡がある。雀は樋の中がすきらしい。五、六羽、また、七、八羽、横にずらりと並んで、顔を出しているのが常である。 或殿が領分巡回の途中、菊の咲いた・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 喫驚仰天はこれのみならず、蝙蝠がすッと来て小宮山の懐へ、ふわりと入りましたので、再びあッと云って飛び上ると同時に、心付きましたのは、旧の柏屋の座敷に寝ていたのでありまする。 大息を吐いて、蒲団の上へ起上った、小宮山は、自分の体か、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・様子が変だとWさん御夫妻も言い、私も、そう思いましたので、かかりのお医者に相談してみましたら、もう四五日とお医者は平気で言うので、私は仰天いたしました。すぐに、田舎の長兄へ電報を打ちました。長兄が来るまでは、私が兄の傍に寝て二晩、のどにから・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・と呼ばれて仰天した。中畑さんが銃を担いで歩いているのである。帽子をあみだにかぶっていた。予備兵の演習召集か何かで訓練を受けていたのであろう。中畑さんが兵隊だったとは、実に意外で、私は、しどろもどろになった。中畑さんは、平気でにこにこ笑い、ち・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・』ヴェル氏、仰天して、ころげるようにして廊下へ飛び出し、命からがら逃げかえったそうで、僕は、どうも、人のざんげを聞くことが得手じゃないのです。いまはやりの言葉で言えば心臓が弱いのです。かの勇猛果敢なざんげ聴聞僧の爪のあかでも、せんじて呑みた・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 私は仰天した。「知りません。全然、知りません。」 私たちは、もう、その薄暗い食堂にはいっていた。 第五回 私は暫く何も、ものが言えなかった。裏切られ、ばかにされている事を知った刹那の、あの、つんのめ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・とき折その可能を、ふと眼前に、千里韋駄天、万里の飛翔、一瞬、あまりにもわが身にちかく、ひたと寄りそわれて仰天、不吉な程に大きな黒アゲハ、もしくは、なまあたたかき毛もの蝙蝠、つい鼻の先、ひらひら舞い狂い、かれ顔面蒼白、わなわなふるえて、はては・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫