・・・八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間外れの観があった。ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に立った。それで人々は「馬鹿正直」という渾名を彼に与えた。この「馬鹿正直」を徹底させたものが今日の彼の仕事に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ ……それで仲間の奴等時々私を揶揄いやがる。息子が死んでも日本が克った方がいいか、日本が負けても、子息が無事でいた方が好いかなんてね。莫迦にしてやがると思って、私も忌々しいからムキになって怒るんだがね。」 悼ましい追憶に生きている爺・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ いいながら、こんどは三吉を仲間にいれようとする。「君ァどうかね? え、わしがパトロンをめっけてやってもええが」 三吉は早くかえらねばならぬと思っている。専売局の截刻工である深水は、かねてから市会議員などになりたがっていた。しか・・・ 徳永直 「白い道」
・・・大分禿げ上った頭には帽子を冠らず、下駄はいつも鼻緒のゆるんでいないらしいのを突掛けたのは、江戸ッ子特有の嗜みであろう。仲間の職人より先に一人すたすたと千束町の住家へ帰って行く。その様子合から酒も飲まなかったらしい。 この爺さんには娘が二・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・そうしてお石は屹度其仲間に居たのである。太十は後には瞽女の群をぞろぞろと自分の家へ連れ込むようになった。女房は我儘な太十の怒癖を怖れて唯むっつりして黙って居た。然しお石は義理を欠かなかった。其大きな荷物の中から屹度女房への苞が出された。女房・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・(余自身はそれほど新らしい脊髄がなくても、不便宜なしに誰にでも出来る所作 先生はまたグラッドストーンやカーライルやスペンサーの名を引用して、君の御仲間も大分あるといわれた。これには恐縮した。余が博士を辞する時に、これら前人の先例は、毫も・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・その上僕の風変りな性格が、小学生時代から仲間の子供とちがって居たので、学校では一人だけ除け物にされ、いつも周囲から冷たい敵意で憎まれて居た。学校時代のことを考えると、今でも寒々とした悪感が走るほどである。その頃の生徒や教師に対して、一人一人・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ いつの間にか蛞蝓の仲間は、私の側へ来て蔭のように立っていて、こう私の耳へ囁いた。「貴様たちが丸裸にしたんだろう。此の犬野郎!」 私は叫びながら飛びついた。「待て」とその男は呻くように云って、私の両手を握った。私はその手を振・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・外国商売の事あり、内国物産の事あり、開墾の事あり、運送の事あり、大なるは豪商の会社より、小なるは人力車挽の仲間にいたるまで、おのおのその政を施行して自家の政体を尊奉せざる者なし。かえりみて学者の領分を見れば、学校教授の事あり、読書著述の事あ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・男神ジオニソスや女神ウェヌスの仲間で、霊魂の大御神がわしじゃ。わしの戦ぎは総て世の中の熟したものの周囲に夢のように動いておるのじゃ。其方もある夏の夕まぐれ、黄金色に輝く空気の中に、木の葉の一片が閃き落ちるのを見た時に、わしの戦ぎを感じた事が・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
出典:青空文庫