・・・――林右衛門の企ては、彼も快くは思っていない。が、何と云っても相手は本家からの附人である。「縛り首は穏便でございますまい。武士らしく切腹でも申しつけまするならば、格別でございますが。」 修理はこれを聞くと、嘲笑うような眼で、宇左衛門・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・そうして、一つ処にいてだんだんそこから動かれなくなるような気がしてくると、私はほとんど何の理由なしに自分で自分の境遇そのものに非常な力を出して反抗を企てた。その反抗はつねに私に不利な結果を齎した。郷里から函館へ、函館から札幌へ、札幌から小樽・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・この故に観音経を誦するもあえて箇中の真意を闡明しようというようなことは、いまだかつて考え企てたことがない。否な僕はかくのごとき妙法に向って、かくのごとく考えかくのごとく企つべきものでないと信じている。僕はただかの自ら敬虔の情を禁じあたわざる・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・得たりやと、波と風とはますます暴れて、この艀をば弄ばんと企てたり。 乗合は悲鳴して打騒ぎぬ。八人の船子は効無き櫓柄に縋りて、「南無金毘羅大権現!」と同音に念ずる時、胴の間の辺に雷のごとき声ありて、「取舵!」 舳櫓の船子は海上・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・式を挙げるに福沢先生を証人に立てて外国風に契約を交換す結婚の新例を開き、明治五、六年頃に一夫一婦論を説いて婦人の権利を主張したほどのフェミニストであったから、身文教の首班に座するや先ず根本的に改造を企てたのは女子教育であった。 優美より・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・態度を見、また印度の殖民地に於ける英人の政策を熟視して、彼等が真に人類を愛する信念の何れ程迄に真実であるかを疑わなければならないが、そして、このたびの軍備縮小などというが如き、其の実、戦争を予期しての企てに対して、却って、其の正義人道を看板・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・私はその響きを利用していい音楽を聴いてやろうと企てたことがありました。そんなことから不知不識に自分を不快にする敵を作っていた訳です。「あれをやろう」と思うと私は直ぐその曲目を車の響き、街の響きの中に発見するようになりました。然し悪く疲れてい・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・てばかりいない、秋の夕空晴れて星の光も鮮やかなる時、お花に伴われてかの小川の辺など散歩し、お花が声低く節哀れに唱うを聞けばその沈みはてし心かすかに躍りて、その昔、失敗しながらも煩悶しながらもある仕事を企ててそれに力を尽くした日の方が、今の安・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・われ君を思うこといよいよ深くしてわれますます自ら欺かんと企てぬ。思い断ち得てしかして得るところは何ぞ、われにも君にも永くいやし難き心の傷なるべし。しかしてわがいわゆる天職なるもの果たして全く遂げらるべきや。ああ愚かなる。げにわが血は荒れて事・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・鳩渓の秩父にて山を開かんと企てしことは早くよりその伝説ありて、今もその跡といえるが一処ならず残れるよしなれば、ほとほと疑いなきことなるが、知る人は甚だ稀なるようなり。功利に急なりし人の事とて、あるいは秩父の奥なんどにも思いを疲らして手をつけ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫