・・・例えば先祖から持ち伝えた山を拓いて新らしい果樹園を造ろうとしたようなもので、その策は必ずしも無謀浅慮ではなかったが、ただ短兵急に功を急いで一時に根こそぎ老木を伐採したために不測の洪水を汎濫し、八方からの非難攻撃に包囲されて竟にアタラ九仭の功・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・森林の伐採。杉苗の植付。夏の蔓切。枯萱を刈って山を焼く。春になると蕨。蕗の薹。夏になると溪を鮎がのぼって来る。彼らはいちはやく水中眼鏡と鉤針を用意する。瀬や淵へ潜り込む。あがって来るときは口のなかへ一ぴき、手に一ぴき、針に一ぴき! そんな溪・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・これからまた少し離れた斜面にヤシャブシを伐採して急造した風流な緑葉ぶきの炊事小屋が建ててある。三本の木の株で組み立てられた竈の飯釜の下からは楽しげな炊煙がなびいている。小屋の中の片側には数日分の薪材に付近の灌木林から伐り集めた小枝大枝が小ぎ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・だが其頃はまだ竹や木を伐採するには季節が早過ぎたのと一つは彼の足もとをつけ込む商人の値段は皆廉かった。有繋に彼も躊躇した。恐怖心が湧起した時には彼には惜しい何物もなかった。それで居て彼は蚊帳の釣手を切って愚弄されたことや何ということはなしに・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・地平線まで密林が伐採されている。高圧線のヤグラが一定の間隔をおいてかなたへ。――いそいでもう一方を見たら、電線は鉄道線路を越えて、再びヒンデンブルグの前髪のような黒い密林のかなたへ遠くツグミの群がとび立った。今シベリアを寂しい曠野と誰が云う・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 募集された人夫の一人となった禰宜様宮田は、先ず森の伐採から着手することになった。白土運びをするより賃銭も高し、切り倒した樹木の小枝ぐらいは貰っても来られるという利益があったのである。 深く、暗く、鬱蒼として茂りに茂っている森は、次・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫