・・・ 内陣から合唱が聞こえ始めた。会衆の動揺は一時に鎮って座席を持たない平民たちは敷石の上に跪いた。開け放した窓からは、柔かい春の光と空気とが流れこんで、壁に垂れ下った旗や旒を静かになぶった。クララはふと眼をあげて祭壇を見た。花に埋められ香・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・それから電灯がついて三十人に近い会衆は白布のテーブルを間にして、両側の椅子に席を取った。 主催笹川の左側には、出版屋から、特に今晩の会の光栄を添えるために出席を乞うたという老大家のH先生がいる。その隣りにはモデルの一人で発起人となった倉・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・中国から帰って来た教育家たちが、教会で神学作興資金の演説をしたあとでは、きまって天錫を壇上に呼び上げて、会衆に紹介する。「『之が、我々の教育で出来た中国の青年です。ごらん下さい』と云わんばかりです。これは猿まわしみたいなものではないですか」・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・それぞれの報告は、それとして熱心であり、勉強されており、発展的なモメントをふくんでいながら、会衆の精神をめざまし、情感をかきたて、民主主義文学のために努力しているものとしての歓喜や勇気を感じさせる統一的な熱量を欠いていたことである。一つ一つ・・・ 宮本百合子 「両輪」
・・・パイプオルガンが時々鳴った。会衆は樫の腰かけから立ったり坐ったりしてアーメンと云った。子供が自分の退屈をまぎらすため、脱いだ帽子を体の前に行儀よく持って立ちながら下を向いて、できるだけ踵を動かさず靴の爪先をそろそろ重ねる芸当を試みている。眼・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫