・・・ Hは温度、Xは熱伝導の方面に計った距離、Kは物質により一定されたる熱伝導率だよ。すると長谷川君の場合はだね。……」 宮本は小さい黒板へ公式らしいものを書きはじめた。が、突然ふり返ると、さもがっかりしたように白墨の欠を抛り出した。「・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・しかも熱伝導がきわめて悪いから下で半日焼けても屋上でははき物をはいた足の裏を焼けどする心配もない。窓からのぼる煙が渦巻いて来たら床の面へ顔をつければよいかと思われる。しかし、それも何千人と折り重なっては困るであろうし、また満員のデパートに急・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ずっと昔、ケルヴィン卿が水の固定波か何かの問題を取り扱うために伝導の式に虚の項を持ち込んだことがあったようなぼんやりした記憶があるが、事実は確かでない。しかしとにかくそういう種類の考えも、少なくも一つのヒントとしては役立つであろうと思うので・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・これは地震や台風や火事に対しては申しぶんのない抵抗力をもっているのであるが、しかし一つ困ることはあの厚い壁が熱の伝導をおそくするためにだいたいにおいて夏の初半は屋内の湿度が高く冬の半分は乾燥がはげしいという結果になる。西欧諸国のように夏が乾・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・冷熱の感覚はその当人の状態にもよりまた温度以外にその物体の伝導度によるのである。寒暖計の示度によらないで冷温を言う場合にはその人によってまるでちがった判定を下す事になる。これでは普遍的の事実というものは成り立たぬ。また甲乙二物体の温度の差で・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
出典:青空文庫