・・・「医者は病気の伝播者」「車代の不可解」「現代医界の悪風潮」「只眼中金あるのみ」などとこれをちょっと変えれば、そのまま川那子メジシンに適用できるような題目の下に、冒頭からいきなり――現代の医者は鬼である。彼等は金儲けのためには義理人情もない云・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・赤旗は流行感冒のように、到るところに伝播していた。また戦争だ。それからどうしたか?…… 雪解の沼のような泥濘の中に寝て、戦争をしたこともあった。頭の上から、機関銃をあびせかけられたこともあった。 吉永は、自分がよくもこれまで生きてこ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ちゃの忿懣が、たちまち手近のポチに結びついて、こいつあるがために、このように諸事円滑にすすまないのだ、と何もかも悪いことは皆、ポチのせいみたいに考えられ、奇妙にポチを呪咀し、ある夜、私の寝巻に犬の蚤が伝播されてあることを発見するに及んで、つ・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るから、噂評判の源にいるようなものである。その噂評判を知ることも、先ず益があって損のない事である。 この店に這入って据わると、誰でも自分の前に、新聞を山のように積み上げら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 音が空間を描き出すのは、音の伝播が空間的であって光のごとく直線的でないためである。それがためにまたわれわれは音の来る角度を制限することができない。広い視野のうちから一定のわくによって限られた部分だけを切り取って映出するという光学的技法・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・これがヴァレンティーヌ夫人、ド・ヴァレーズ伯爵、ド・サヴィニャク伯爵へと伝播する。最後の伯爵のガス排出の音からふざけ半分のホルンの一声が呼び出され、このラッパが鹿狩りのラッパに転換して爽快な狩り場のシーンに推移するのである。あばれ馬のあばれ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・火の伝播がいかに迅速であるとしても、発火と同時に全館に警鈴が鳴り渡りかねてから手ぐすね引いている火災係が各自の部署につき、良好な有力な拡声機によって安全なる避難路が指示され、群集は落ち着き払ってその号令に耳をすまして静かに行動を起こし、そう・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 共通な言葉によって知識が交換され伝播されそれが多数の共有財産となる。そうして学問の資料が蓄積される。 このような知識は、それだけでは云わばただ物置の中に積み上げられたような状態にある。それが少数であるうちはそれでもよい。しかし数と・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・この方の専門的な立場から見れば、地震というものは、地球と称する、弾性体で出来た球の表面に近き一点に、ある簡単な運動が起って、そこから各種の弾性波が伝播する現象に外ならぬのである。そして実際多くの場合に均質な完全弾性体に簡単なる境界条件を与え・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・しかし崖に樹った電柱の処で崩壊の伝播が喰い止められているように見える。理由はまだよく分らないが、ことによるとこれは人工物の弱さを人工で補強することの出来る一例ではないかと思われた。両岸の崩壊箇所が向かい合っているのもやはり意味があるらしい。・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
出典:青空文庫