・・・終局の場面でも、人生の航路に波が高くて、舳部に砕ける潮の飛沫の中にすべての未来がフェードアウトする。伴奏音楽も唱歌も、どうも自分には朗らかには聞こえない。むしろ「前兆的」な無気味な感じがするようである。 海岸に戯れる裸体の男女と、いろい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・にただ若干の家庭楽器の伴奏をつけたかのような感じがしないでもない。そういう伴奏としてはしかしそれぞれの助演者もそれ相当の効果を見せてはいるようである。 十五 乙女心三人姉妹 川端康成の原著は読んだことはないが、こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・軒下に眠るルンペンのいびきの音が伴奏を始める。家の裏戸が明いて早起きのおかみさんが掃除を始める、その箒の音がこれに和する。この三つの音が次第に調子を早める。高角度に写された煙突から朝餉の煙がもくもくと上がり始めると、あちらこちらの窓が明いて・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・それに蓄音機のとる音頭の伴奏の中には、どうも西洋楽器らしいものの音色が交じっているらしい。これも盆踊りの進化の一つの相である。そうして日本現代の一つの象徴でもある。 蓄音機がぱたりとやむと、踊り子たちの手持ちぶさたを紛らすためにだれかが・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味であって、それを呼び出すためにはやはり適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。銀とクリスタルガラスとの閃光のアルペジオは確かにそういう管弦楽の一部員の役目をつとめるものであろう。 研・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ 三 文楽の義太夫を聞きながら気のついたことは、あの太夫の声の音色が義太夫の太棹の三味線の音色とぴったり適合していることである、ピアノ伴奏では困るのである。 小唄勝太郎の小唄に洋楽の管絃伴奏のついた放送を・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・には行燈や糸車の幻影がいつでも伴なっており、また必ず夜寒のえんまこおろぎの声が伴奏になっているから妙である。 おはぐろ筆というものも近ごろはめったに見られなくなった過去の夢の国の一景物である。白い柔らかい鶏の羽毛を拇指の頭ぐらいの大きさ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それでこの放送では、むしろ観客群集のほうが精神的に主要な放送者であって、アナウンサーのほうは機械的な伴奏者だというような気もするのである。そんな気のするのは畢竟自分が平生相撲に無関心であり、二三十年来相撲場の木戸をくぐった事さえないからであ・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・ずっと後に先生が留学から帰って東京に住まわれるようになってから、ある時期の間は、ずいぶん頻繁に先生のお宅へ押しかけて行って先生のピアノの伴奏で自己流の演奏、しかもファースト・ポジションばかりの名曲弾奏を試みたのであったが、これには上記のよう・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・歌舞伎劇にも女の殺される処は珍しくないがその洗練された芸風と伴奏の音楽とが、巧みに実感を起させないようにしている。ここに芸術の妙味が認められる。 しかしわたくしは浅草の芝居の絵看板またその舞台を見て、戦争後の人心の残忍になった反映だとは・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫