・・・ 富岡先生の何々塾から出て遂に大学まで卒業した者がその頃三名ある、この三人とも梅子嬢は乃公の者と自分で決定ていたらしいことは略世間でも嗅ぎつけていた事実で、これには誰も異議がなく、但し三人の中何人が遂に梅子嬢を連れて東京に帰り得るかと、・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・浅い生活をしていて良い芸術を生むことは不可能である。但しここに良い生活というのは迷いや慎みや、あるいは罪がない生活という意味ではない。そういうものを持ちながらも正しい生活に達しようとして努力する生活をいうのである。一、よく自然と・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・今この波瀾重畳険危な骨董世界の有様を想見するに足りる談をちょっと示そう。但しいずれも自分が仮設したのでない、出処はあるのである。いわゆる「出」は判然しているので、御所望ならば御明かし申して宜しいのです。ハハハ。 これは二百年近く古い書に・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・いずれに行くとも三十里余りを経ずば海に遇うことはなり難かるべし。但し貝の化石は湯田というところよりいづるよしにて処々に売る家あり、なかなか価安からず。かくてすすむほどに山路に入りこみて、鬱蒼たる樹、潺湲たる水のほか人にもあわず、しばらく道に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・尚不思議奇々妙々なのは、植物の芋の蔓でもムカゴの蔓でも皆螺旋すると同じく、礦物の蔓もその実は螺旋的になッてるのだが、但し噴火山作用でメチャメチャになッて分らないのサ。火かえんも螺線になッて燃えるのだが凡眼では見えないのサ。風は年中螺旋に吹て・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・うして、貴下の潔癖が私のこのやりかたを又怒られるのではないかとも一応は考えてみましたが、私の気持ちが純粋である以上、若しこれを怒るならばそれは怒る方が間違いだと考えて敢えてこの御知らせをする次第です。但し貴下に考慮に入れて貰いたいのは、私の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・会費は年末賞与の三プロセント、但し賞与なかりし者は金弐円也とあった。自分は試験の準備でだいぶ役所も休んだために、賞与は受けなかったが、廻状の但し書が妙に可笑しかったからつい出掛ける気になって出席した。少し酒を過ごしての帰り途で寒気がしたが、・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ これは余談であるが、一、二年前のある日の午後煙草を吹かしながら銀座を歩いていたら、無帽の着流し但し人品賤しからぬ五十恰好の男が向うから来てにこにこしながら何か話しかけた。よく聞いてみると煙草を一本くれないかというのである。丁度持合せて・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・尤も大井愛といったような姓名だと Oo I Ai で少し短かすぎ、また Ty So Ga Be Ta R Za E Mon では少しごたごたし過ぎるかもしれない。但し、漢字でかくのと大した変りはない。それにしても日本の学者の論文が外国に紹介・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・彼というは堂々たる現代文士の一人、但し人の知らない別号を珍々先生という半可通である。かくして先生は現代の生存競争に負けないため、現代の人たちのする事は善悪無差別に一通りは心得ていようと努めた。その代り、そうするには何処か人知れぬ心の隠家を求・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫