・・・瞽女かぶりといって大事な髪は白い手拭で包んでそうして其髷へ載せた爪折笠は高く其位置を保って居る。覗いたように折れた其端が笠の内を深くしてそれが耳の下で交叉して顎で結んだ黒い毛繻子のくけ紐と相俟って彼等の顔を長く見せる。有繋に彼等は見えもせぬ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・けれども学士会院がその発見者に比較的の位置を与える工夫を講じないで、徒らに表彰の儀式を祭典の如く見せしむるため被賞者に絶対の優越権を与えるかの如き挙に出でたのは、思慮の周密と弁別の細緻を標榜する学者の所置としては、余の提供にかかる不公平の非・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・今日は何れの国家民族も単に自己自身によって存在することはできぬ、世界との密接なる関係に入り込むことなくして、否、全世界に於て自己自身の位置を占めることなくして、生きることはできぬ。世界は単なる外でない。斯く今日世界が実在的であると云うことが・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・地皮の層々、幾千万年の天工に成りて、その物質の位置に順序の紊れざるを知るべし。歴史を読めば、中津藩もまたただ徳川時代三百藩の一のみ。徳川はただ日本一島の政権を執りし者のみ。日本の外には亜細亜諸国、西洋諸洲の歴史もほとんど無数にして、その間に・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・況や家道は日に傾いて、心細い位置に落ちてゆく。老人共は始終愁眉を開いた例が無い。其他種々の苦痛がある。苦痛と云うのは畢竟金のない事だ。冗い様だが金が欲しい。併し金を取るとすれば例の不徳をやらなければならん。やった所で、どうせ足りッこは無い。・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・る小球(直径二寸ばかりにして中は護謨、糸の類にて充実投者が投げたる球を打つべき木の棒(長さ四尺ばかりにして先の方やや太く手にて持つ処一尺四方ばかりの荒布にて坐蒲団のごとく拵えたる基三個本基および投者の位置に置くべき鉄板様の物一個ずつ、攫者の・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・そしてたったいま夢であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊にけむったようになってその右には蠍座の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。 ジョバンニ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・よりひろやかで、充実した人間性を求めるということのために、権力は自由を奪い、人間檻のなかにうちこんで、時間に関する観念や自分のいる位置についての観念を全く失わさせ、番号でよんで、法律でさばくという状態は、野蛮であり、資本主義の権力の非理性さ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・手をこう云う位置に置いて、いつでも何かしゃべり続けるのである。尤も乳房を押えるような運動は、折々右の手ですることもある。その時は押えられるのが右の乳房である。 僕はお金が話したままをそっくりここに書こうと思う。頃日僕の書く物の総ては、神・・・ 森鴎外 「心中」
・・・もしこの時その位置がただいまのようであッたなら決して見えるわけはない。 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫