・・・かくの如く都会における家庭の幽雅なる方面、町中の住いの詩的情趣を、専ら便所とその周囲の情景に仰いだのは実際日本ばかりであろう。西洋の家庭には何処に便所があるか決して分らぬようにしてある。習慣と道徳とを無視する如何に狂激なる仏蘭西の画家といえ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・新進文士でも二三の作が少し評判がいいと、すぐに住いや暮しを工面する。ちょいと大使館書記官くらいな体裁にはなってしまう。「当代の文士は商賈の間に没頭せり」と書いた Porto-Riche は、実にわれを欺かずである。 ピエエル・オオビュル・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・煩いのない静かなところに旅行して暫く落ちついてみたい――こんな慾望を持っていますが、さて容易いようで実行できないものですね。住いですか? これには面白い話しがありますのよ。今いる家は静かそうに思って移ったのですが、後に工場みたいなものがあっ・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ 貸家住いと云うことを知らず、家のないなどと云うことが、いつ当面の困難となるか思いもしなかった自分は、憤ろしいほど苦痛を受けた。 一家の中で、他の誰も同様の熱心を示して呉れず、二人きりで焦慮し、新らしい生活の準備をしようとする心持は・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・普通の東京住いの市民などは見たことないような桜花爛漫の美を眺めたが、点景人物として映されている日本の女はどれも皆特別仕立ての日本髷と、特別仕立てに誇張された歩きぶりとである。花の中なる花の姿で全篇が終っている。私は身なりよい人々の間にはさま・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・ 阿部一族の立て籠った山崎の屋敷は、のちに斎藤勘助の住んだ所で、向いは山中又左衛門、左右両隣は柄本又七郎、平山三郎の住いであった。 このうちで柄本が家は、もと天草郡を三分して領していた柄本、天草、志岐の三家の一つである。小西行長・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 蠣殻町の住いは手狭で、介抱が行き届くまいと言うので、浜町添邸の神戸某方で、三右衛門を引き取るように沙汰せられた。これは山本家の遠い親戚である。妻子はそこへ附き添って往った。そのうちに原田の女房も来た。 神戸方で三右衛門は二十七・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・近所のものが誰の住まいになるのだと云って聞けば、松平の家中の士で、宮重久右衛門と云う人が隠居所を拵えるのだと云うことである。なる程宮重の家の離座敷と云っても好いような明家で、只台所だけが、小さいながらに、別に出来ていたのである。近所のものが・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・ 住まいは分かった。ツァウォツキイはまた歩き出した。 ユリアは労働者の立てて貰う小家の一つに住んでいる。その日は日曜日の午前で天気が好かった。ユリアはやはり昔の色の蒼い、娘らしい顔附をしている。ただ少し年を取っただけである。ツァウォ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・「心持の好さそうな住まいだね。」「ええ。」「冬になってからは、誰が煮炊をするのだね。」「わたしが自分で遣ります。」こう云って、エルリングは左の方を指さした。そこは龕のように出張っていて、その中に竈や鍋釜が置いてあった。「・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫