・・・それは或文化住宅の前にトラック自動車の運転手と話をしている夢だった。僕はその夢の中にも確かにこの運転手には会ったことがあると思っていた。が、どこで会ったものかは目の醒めた後もわからなかった。「それがふと思い出して見ると、三四年前にたった・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・実は、僕、吉弥のお袋が来た時、早手まわしであったが、僕の東京住宅の近処にいる友人に当てて、金子の調達を頼んだことがある。無効であった上に、友人は大抵のことを妻に注意した。妻は、また、これを全く知らないでいたのは迂濶だと言われるのが嫌さに、ま・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 知らない、文化住宅のたくさんあるところへ出たときに、年子はこうたずねました。「さあ、私もはじめてなところなの。どこだってかまいませんわ。こうして楽しくお話しながら歩いているんですもの。」「ええ、もっと、もっと歩きましょうね、先・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・近所に、宏荘な住宅はそびえている。それらの内部には、独立した子供部屋があり、またどの室にも暖房装置は行き届いているであろう。そこに生まれ育った子供と、あの貧しい家に病んでねている子供とどこに、かわいらしい子供ということに変わりがあろうか。し・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・カランカランという踏切の音を背中に聴きながら、寝しずまった住宅地を通り抜けると、もはや門燈のにぶい光もなく道はいきなりずり落ちたような暗さでそこに池がある。蛙が真っ暗な鳴声を立てている。池の左手には黒ぐろとした校舎がやもりのような背中を見せ・・・ 織田作之助 「道」
・・・其処へ弟が汗ばんだ顔で帰って来て「基ちゃん、貰って来たぜ、市営住宅で探し当てた。サアお上り」と言って薬を差出しました。病人は飛び付くようにして水でそれを呑み下しました。然し最早や苦痛は少しも楽に成りません。病人は「如何したら良いんでしょう」・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・それは大阪の市が南へ南へ伸びて行こうとして十何年か前までは草深い田舎であった土地をどんどん住宅や学校、病院などの地帯にしてしまい、その間へはまた多くはそこの地元の百姓であった地主たちの建てた小さな長屋がたくさんできて、野原の名残りが年ごとに・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・二階建、格子戸、見たところは小官吏の住宅らしく。女姓名だけに金貸でも為そうに見える。一度は引返えして手紙で言おうかとも思ったが、何しろ一大事と、自分は思切って格子戸を潜った。 五月十三日 勝手の間に通ってみると、母は長火鉢の向うに坐・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ それから二月経過と磯吉はお源と同年輩の女を女房に持って、渋谷村に住んでいたが、矢張豚小屋同然の住宅であった。 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「桜井先生や、広岡先生には、せめて御住宅ぐらいを造って上げたいのが、私共の希望なんですけれど……町のために御苦労願って……」 とその人は畠に居て言った。 別れを告げて、高瀬が戻りかける頃には、壮んな蛙の声が起った。大きな深い千曲・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫