・・・ で鳩はまた百姓の言ったかわいそうな奥さんが夏を過ごしている、大きないなかの住宅にとんで行きました。その時奥さんは縁側に出て手ミシンで縫物をしていました。顔は百合の花のような血の気のない顔、頭の毛は喪のベールのような黒い髪、しかして罌粟・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・について歩いて、亡父が仙台の某中学校の校長になって三年目に病歿したので、津島は老母の里心を察し、亡父の遺産のほとんど全部を気前よく投じて、現在のこの武蔵野の一角に、八畳、六畳、四畳半、三畳の新築の文化住宅みたいなものを買い、自分は親戚の者の・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ さすがに私は、その焼跡の小さい住宅にもぐり込むのは、父にも兄夫婦にも気の毒で、父や兄とも相談の上、このAという青森市から二里ほど離れた海岸の部落の三等郵便局に勤める事になったのです。この郵便局は、死んだ母の実家で、局長さんは母の兄に当・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・また、弘化二年、三十四歳の晩春、毛筆の帽被を割りたる破片を机上に精密に配列し以て家屋の設計図を製し、之によりて自分の住宅を造らせた。けれども、この家屋設計だけには、わずかに盲人らしき手落があった。ひどい暑がりにて、その住居も、風通しのよき事・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・着物などには一切構わず、時にはひどい靴をはいていた。住宅を建てた時でも色々な耐震的の工夫をして金目をかけたが、見かけの華美を求める心はなかったようである。 末広君の大学における講義にも特徴があったそうである。分量を少なく、出来るだけ簡易・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ひところ騒がしかった住宅難の解決がこんなふうにしてなしくずしについているかと思われた。まだ荒壁が塗りかけになって建て具も張ってない家に無理無体に家財を持ち込んで、座敷のまん中に築いた夜具や箪笥の胸壁の中で飯を食っている若夫婦が目についたりし・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・それから小作人の住宅や牛小屋、豚小屋、糞堆まで見て歩きました。小作人らに一々アローと声をかけて、一言二言話していました。農家の建て方など古い昔のままだそうです。 屋敷の入り口から玄関までは橡の並み木がつづいています。その両わきはりんご畑・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 床下の通風をよくして土台の腐朽を防ぐのは温湿の気候に絶対必要で、これを無視して造った文化住宅は数年で根太が腐るのに、田舎の旧家には百年の家が平気で立っている。ひさしと縁側を設けて日射と雨雪を遠ざけたりしているのでも日本の気候に適応した・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
一 今の住宅を建てる時に、どうか天井にねずみの入り込まないようにしてもらいたいという事を特に請負人に頼んでおいた。充分に注意しますとは言っていたが、なお工事中にも時々忘れないようにこの点を主張しておいた・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新緑の木立のなかに見出された。私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫