・・・ 本年二月二十六日の事です。何だか身体の具合が平常と違ってきて熱の出る時間も変り、痰も出ず、その上何処となく息苦しいと言いますから、早速かかりつけの医師を迎えました。その時、医師の言われるには、これは心臓嚢炎といって、心臓の外部の嚢に故・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 私も何だかあの方は好かないわ。と指環を玩弄にしながら光代は言う。 そうだ。そうあるべきことだ。と綱雄は一打ち煙管を払く。その音も善平の耳に障りて、笑ましき顔も少し打ち曇りしが、それはどんな人であっても探せばあらはきっと出る、長所を・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 冬と聞いては全く堪りませんでしたよ、何だかその冬則ち自由というような気がしましてねエ! それに僕は例の熱心なるアーメンでしょうクリスマス万歳の仲間でしょう、クリスマスと来るとどうしても雪がイヤという程降って、軒から棒のような氷柱が下ってい・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・和田はだんだん何だかアテがはずれたようなポカンとした気持になって行った。 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ 若崎は話しの流れ方の勢で何だか自分が自分を弁護しなければならぬようになったのを感じたが、貧乏神に執念く取憑かれたあげくが死神にまで憑かれたと自ら思ったほどに浮世の苦酸を嘗めた男であったから、そういう感じが起ると同時にドッコイと踏止まる・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 是れ放言でもなく、壮語でもなく、飾りなき真情である、真個に能く私を解し、私を知って居た人ならば、亦た此の真情を察してくれるに違いない、堺利彦は「非常のこととは感じないで、何だか自然の成行のように思われる」と言って来た、小泉三申は「幸徳・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 私は自分の娘が監獄にはいったからといって、救援会にノコ/\やってくるのが何だかずるいような気がしてならないのですが…… 娘は二三ヵ月も家にいないかと思っていると、よく所かつの警察から電話がかゝってきました。お前の娘を引きとるの・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・殿「再度書面を遣ったに出て来んのは何ういうわけか」七「へえ」殿「他へでも往ったか」七「へえ」殿「煩いでもしたか」七「へえ」殿「然うでもないようだな」七「へえ」殿「何だかそれじゃア分らん、迎いをやっても来て・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「ひどいものじゃないかや。何だか自分の顔のような気もしないよ」 とまたおげんは言って、鏡を娘の方へ押しやった後でも嘆息した。「ふーんのようなことだ」 とお新もそこへ笑いころげた。 静かな日がそれから続くようになった。蜂谷・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・そのうちに、何だか、じぶんのもっている、大麦でこしらえたパンとバタを、その女の人にやりたくなって、そっと、岸へ下りていきました。 女は間もなく、髪をすいてしまって、すらすらとこちらへ歩いて来ました。ギンはだまってパンとバタをさし出しまし・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
出典:青空文庫