・・・……それで何ですかな、家が定まりましたでしょうな? もう定まったでしょうな?」「……さあ、実は何です、それについて少しお話したいこともあるもんですから、一寸まあおあがり下さい」 彼は起って行って、頼むように云った。「別にお話を聴・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「それではひとつ予習をしてみるかな。……どうかね、滑稽じゃないかね?……お前も羽織を着て並んでみろ」と、私は少し酒を飲んでいた勢いで、父の羽織や袴をつけて、こう弟に言ったりした。「何で滑稽だなんて。こんなあほらしいことばかし言ってる・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・勇は何で皆が騒ぐのか少しも知らない。 そこでその夜、豊吉は片山の道場へ明日の準備のしのこりをかたづけにいって、帰路、突然方向を変えて大川の辺へ出たのであった。「髯」の墓に豊吉は腰をかけて月を仰いだ。「髯」は今の豊吉を知らない、豊吉は昔の・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・と大きく出れば、いかな母でも半分落城するところだけれど、あの時の自分に何でこんな芝居が打てよう。 悪々しい皮肉を聞かされて、グッと行きづまって了い、手を拱んだまま暫時は頭も得あげず、涙をほろほろこぼしていたが、「母上さん、それは余り・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そして、「何でがすか? タワリシチ!」 馴れ馴れしい言葉をかけた。倶楽部で顔見知りの男が二人いた。中国人労働組合の男だ。「や!」 ワーシカは、ひょくんとして立止った。「今晩は、タワーリシチ! 倶楽部で催しがあるんでしょう・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 主人は、顔色を動かさずに、重々しく「何で暇を取らすか、それゃ、お前の身に覚えがある筈じゃ。」と云った。 与助は、ぴり/\両足を顫わした。「じゃが、」と主人は言葉を切って、「俺は、それを詮議立てせずに、暇を取らせようとするん・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・今になって毎日毎日の何でも無かったその一眼が貴いものであったことが悟られた。と、いうように何も明白に順序立てて自然に感じられるわけでは無いが、何かしら物苦しい淋しい不安なものが自分に逼って来るのを妻は感じた。それは、いつもの通りに、古代の人・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・れたうらみを言って言って言いまくろうと俊雄の跡をつけねらい、それでもあなたは済みまするか、済まぬ済まぬ真実済まぬ、きっと済みませぬか、きっと済みませぬ、その済まぬは誰へでござります、先祖の助六さまへ、何でござんすと振り上げてぶつ真似のお霜の・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・自分の事は何でもすっかり知っているような口ぶりである。「どうもやっぱり頭がはきはきしません。じつは一年休学することにしたんです」「そうでございますってね。小母さんは毎日あなたの事ばかり案じていらっしゃるんですよ。今度またこちらへお出・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・も、この老骨が少しでもお役に立つのは有りがたく、かたじけなしと存じて、まことにどうも、インチキだとは思いながら、軽はずみに引受けて、ただいまよろめきながらこの壇に上って、そうして、ああ、やっぱり、何が何でもひたすらお断りするのが本当であった・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫