・・・やっと家のものを説得して専門学校は出たけれども、出てから先の生活を考えると、何ともいえない心持がして来る、だって、その先にある生活は、もう大体わかっているんですもの、と。そういう述懐をもっている方は、きょうの会に来ていらっしゃる方々の中に一・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・ これまではフランツはただ不思議だ不思議だと思っていたばかりであったが、この時になって急に何とも言えない程心細く寂しくなった。譬えばこれまで自由に動かすことの出来た手足が、ふいと動かなくなったような感じである。麻痺の感じである。麻痺は一・・・ 森鴎外 「木精」
・・・僕はこの時の事が悲しいといえば実に何ともいえないほど悲しいんですが、またどことなく嬉しいような処もあって、判然覚えているんです。丁度しわすのもの淋しい夜の事でしたが、吹すさぶその晩の山おろしの唸るような凄い音は、今に思出されます。折ふし徳蔵・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・それを思うと、林羅山などが文教の権を握ったということは、何とも名状のしようのない不愉快なことである。 鎖国は、外からの刺戟を排除したという意味で、日本の不幸となったに相違ないが、しかしそれよりも一層大きい不幸は、国内で自由な討究の精神を・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫