・・・ 十六 相手は女だ、城は蝸牛、何程の事やある、どうとも勝手にしやがれと、小宮山は唐突かれて、度胆を掴まれたのでありますから、少々捨鉢の気味これあり、臆せず後に続くと、割合に広々とした一間へ通す。燈火はありませんが・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・只だ人生の保証として、又事実として自分の有して居る感覚に何程の力があるか、此れを考えた時に吾々は斯く思わずには居られない。苟も吾々の肉体に於て、有ゆる外界の刺戟に堪え得るは僅に廿歳より卅歳位迄の極めて短かい年月ではないか、そして年と共に肉体・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・そんな状態ではいくら総発売元と大きく出しても、何程の薬をこしらえてみても、……しかも、その薬にしたところで、そろそろ警戒しだした問屋からは原料がはいらず、「全国」どころか、店での小売りにも間に合いかねた。 そこで、考えた丹造は資金調達の・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「お前さん怒るなら何程でもお怒り。今夜という今夜は私はどうあっても言うだけ言うよ」とお源は急促込んで言った。「貧乏が好きな者はないよ」「そんなら何故お前さん月の中十日は必然休むの? お前さんはお酒は呑ないし外に道楽はなし満足に仕・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・揃っていれば、勿論こんな店にあるべきものではないはずだが、それにしても何程というだろうと、価を聞くと、ほんの端金だった。アア、一対なら、おれの腕で売れば慥に三十両にはなるものだが、片方では仕方がない、少しの金にせよ売物にならぬものを買ったっ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 従って魔法を分類したならば、哲学くさい幽玄高遠なものから、手づまのような卑小浅陋なものまで、何程の種類と段階とがあるか知れない。 で、世界の魔法について語ったら、一月や二月で尽きるわけのものではない。例えば魔法の中で最も小さな一部・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・此頃は上は大将軍や管領から、下は庶民に至るまで、哀れな鳥や獣となったものが何程有ったことだったろう。 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・彼女はこの医院に来てから最早何程の小遣いを使ったとも、自分でそれを一寸言って見ることも出来なかった。「お前達は、何でも俺が無暗とお金を使いからかすようなことを言う――」 こうおげんは荒々しく言った。 お新と共に最後の「隠れ家」を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・しかしこの原理の研究が何程進んでも、ニュートンの力学が廃滅に帰するという訳ではあるまい。日常普通の問題にこれを応用して少しも不都合はないはずである。精巧な測器が具備している今日でも、場合によって科学者が指や歩数をもって長さを測る事を恥としな・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・今日と明日とのよりゆたかな生活の確信のために、私たちが人類の文化の歴史について、日本の過去の業績について何程かの知識を増すことは、決して無駄ではないだろうと思う。 先ず、私たちの生棲する地球の上に、人類というものの生活はどんな風に発足し・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
出典:青空文庫