・・・その向きの人は自分の努力に何の価値をも認めていぬ人と言わねばならぬ。余力があってそれを用いぬのは努力ではないからである。その人の過去はその人が足を停めた時に消えてなくなる。一一 このディレンマを破らんがために、野に叫ぶ人の声・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・の力で押されて山腹を下り、その余力のほんのわずかな剰余で冷却固結した岩塊を揉み砕き、つかみ潰して訳もなくこんなに積み上げたのである。 岩塊の頂上に紅白の布片で作った吹き流しが立っている。その下にどこかの天ぷら屋の宣伝札らしいものがある。・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・たとえ労働条件が男と同じになったとしても、女が子を生むためのものである以上、男と同じ水準に達する余力をもたないというのである。 賃銀さえ男と同じになれば婦人労働者の生活が幸福となり、内容において高まると観るのはもちろん皮相でもあるし、非・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・あやまった指導力に自分たちの運命をまかせたこれらの民族は、ドイツ人民がその悲惨において示しているように、きょうの世界文学の上に、自分たちのおそろしい経験を、人類の最後の悪夢たるべき経験として物語る余力がないまでに挫折させられた。 ソヴェ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 女であれば、世間並に娘時代の修業をつんだら、親の社会的な位置にもふさわしい結婚をおとなしくうけいれて、良人をよく満足させる努力の余力でいくらかは自分も楽しませ、良人の立身出世をよろこび、身分相当の家庭生活をやってゆく、そういうものがも・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・この学校は働いている若い女性達が、全く自分で計画して、運営して、経済的にも充分次期計画を実行できるだけの余力を持って第一回を終りました。 各大学で自由大学や、市民大学を開いていて、新しい日本の文化を民主的な形で、市民の生活の中にもたらそ・・・ 宮本百合子 「若人の要求」
・・・左手に首をねじって、ボールドと先生とを見るわけであったが、化学の一時間は何と余力の欠けた、溌溂としたところのない時間であったろう。試験管を挾んで火にあたためて、薬の一二滴を落してふって色の変ったところを眺めたり、アルカリ反応、酸性反応と細く・・・ 宮本百合子 「私の科学知識」
・・・大抵こんな筋であって、攻撃余力を残さない。女はこんな事も言う。鶏が何をしているか知らないばかりではない。傭婆あさんが勝手の物をごまかして、自分の内の暮しを立てているのも知るまい。別当が馬の麦をごまかして金を溜めようとしているのも知るまい。こ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫