・・・「じつはね、僕も酒さえ禁めると、田舎へ帰ったらまだ活きて行く余地もあろうかと思ってね……」 耕吉はついこうつけ加えたが、さすがに顔の赤くなるのを感じた。そのうち弟は兄のかなり廃物めいた床の間の信玄袋に眼をつけて、「兄さんの荷物はそれ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・と言われたら、なんとも抗弁する余地がないような気がした。また電報配達夫の走っているのを見ると不愉快になった。妄想は自分を弱くみじめにした。愚にもつかないことで本当に弱くみじめになってゆく。そう思うと堪らない気がした。 何をする気にもなら・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ おきのは、叔父の話をきいたり、村の人々の皮肉をきいたりすると、息子を学校へやるのが良くないような気がするのだったが、源作の云うことをきくと、源作に十二分の理由があって、簡単、明瞭で、他から文句を云う余地はないように思われた。 ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・に最も正しく現実が伝えられているか否かは、検討の余地のある問題であるが、こゝには、すくなくとも故意の歪曲と隠蔽はない。将軍も兵卒も、いわゆる「人間」としてとらえられているのである。「肉弾」が過去に於て、一千版以上を重ねたと云われる程、多・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 主人の憤怒はやや薄らいだらしいが、激情が退くと同時に冷透の批評の湧く余地が生じたか、「そちが身を捨てましても、と云って、ホホホ、何とするつもりかえ。」と云って冷笑すると、女は激して、「イエ、ほんとに身を捨てましても」と・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・割合におとなしい動物でありますけれど、あれで、怒ると非常にこわいものだそうで、稲羽の兎も、あるいはこいつにやられたのではなかろうかと私はにらんでいるのでございますが、これに就いてはなお研究の余地もあるようでございます。妙なもので、あのように・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・しかし貴兄から、こう頼まれたが、工面出来ないかと友達連に相談をかけても良いものならばまた可能性の生れて来る余地あるやも知れぬが、これは貴兄に対する礼儀でないと思うので……右とり急ぎ。辻田吉太郎。太宰兄。」「手紙など書き、もの言わんとすれ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・一年間、『日記』がとだえているのなども、私にそういう仮構をさせる余地を与えた。それに、その一条は、多少、作者と主人公と深く交り合っているような形である。 刀根の下流の描写は、――大越から中田までの間の描写は想像でやったので、後に行ってみ・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・マッチのペーパーや活字の断片がそのままに眼につくうちはまだ改良の余地はある。 ラスキンをほうり出して、浅草紙をまた膝の上へ置いたまま、うとうとしていた私の耳へ午砲の音が響いて来た。私は飯を食うためにこのような空想を中止しなければなら・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・あれはともかくも弁護の余地のない全く広告びら向きの絵のように思われた。広告びらの版画でも絵がよければ芸術であり、アメリカ人が高い金を出して買うのであるが。 彫刻部の列品は、もしか貰ったらさぞや困ることだろうと思うものが大部分であるが、工・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫