・・・今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。その上、・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・夕日の余波あるあたり、薄紫の雲も見ゆ。そよとばかり風立つままに、むら薄の穂打靡きて、肩のあたりに秋ぞ染むなる。さきには汗出でて咽喉渇くに、爺にもとめて山の井の水飲みたりし、その冷かさおもい出でつ。さる時の我といまの我と、月を隔つる思いあり。・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・もうちと経つと、花曇りという空合ながら、まだどうやら冬の余波がありそうで、ただこう薄暗い中はさもないが、処を定めず、時々墨流しのように乱れかかって、雲に雲が累なると、ちらちら白いものでも交りそうな気勢がする。……両三日。 今朝は麗かに晴・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ その頃は既に鹿鳴館の欧化時代を過ぎていたが、欧化の余波は当時の新らしい女の運動を惹起した。沼南は当時の政界の新人の領袖として名声藉甚し、キリスト教界の名士としてもまた儕輩に推されていたゆえ、主としてキリスト教側から起された目覚めた女の・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・と光代はまだ余波を残して、私はお湯にでも参りましょうか。と畳みたる枕を抱えながら立ち上る。そんなことを言わずに、これ、出してくれよと下から出れば、ここぞという見得に勇み立ちて威丈高に、私はお湯に参ります。奥村さんに出しておもらいなさいまし。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・さらにその特点をいえば、大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とがここで落ちあって、緩やかにうずを巻いているようにも思われる。 見たまえ、そこに片眼の犬が蹲っている。この犬の名の通っているかぎりがすなわちこの町外れの領分である。 見た・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・新潟で一日、高等学校の生徒を相手にして来た余波で私は、ばかに行儀正しくなっていた。女中さんにも、棒を呑んだような姿勢で、ひどく切口上な応対をしていた。自分ながら可笑しかったが、急にぐにゃぐにゃになる事も出来なかった。食事の時も膝を崩さなかっ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・同じ線のリズムの余波は、あるいは衣服の襟に、あるいは器物の外郭線に反映している。たとえば歌麿の美人一代五十三次の「とつか」では、二人の女の髷の頂上の丸んだ線は、二人の襟と二つの団扇に反響して顕著なリズムを形成している。写楽の女の変な目や眉も・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・その後の余波となるべき裁判所の場面もちょっと面白い。証拠物件に蝋管蓄音機が持出されたのに対して検事が違法だと咎めると、弁護士がすぐ「前例」を持出すのや、裁判長のロードの少々勘の悪いところなどが如何にもイギリスらしくて、いつものアメリカの裁判・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・このの中では銀座というものが印象的にはかなり重要な部分を占めていた、それの影響が後年の――の中の自分の銀座観に特別の余波を及ぼしていることはたしかである。 震災以後の銀座には昔の「煉瓦」の面影はほとんどなくなってしまった。第二の故郷の一・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫