・・・それは詩の情操の中に含蓄された暗示であり、象徴であり、余韻である。したがつてニイチェの善き理解者は、学者や思想家の側にすくなくして、いつも却つて詩人や文学者の側に多いのである。 近代の文学者の中で、ニイチェほど大きく、且つ多方面に影・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ ベルが段々調子を上げ、全で余韻がなくなるほど絶頂に達すると、一時途絶えた。 五人の坑夫たちは、尖ったり、凹んだりした岩角を、慌てないで、然し敏捷に導火線に火を移して歩いた。 ブスッ! シュー、と導火線はバットの火を受けると、細・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・の一点に人間的哀感を傾注してテーマを展開させてゆく作者の心を支配しているのは、今日で云われる反封建の意識でもないし、階級性とよばれるものでもない。こういうテーマの展開の中には「貧しき人々の群」の余韻がある。作者はいつも人間的立場にたっており・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・けれども、徳川末期から明治へと移った日本文学の特色の一つとしての非社会性がつよい余韻をひいていて、文化・文学の全面につねに反動の力が影響しつづけた。 ところが十四年前日本の軍力が東洋において第二次世界大戦という世界史的惨禍の発端を開くと・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・のような余韻漂渺たる短篇にもあらわれている。 この過程を通って、やがて鴎外が「椙原品」のような事実に即した作品をかくようになり、大正五年からは「澀江抽斎」「伊沢蘭軒」等の事実小説と云われている長篇伝記を書くようになったことも様々に考えら・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・文章における思い入れと芭蕉の云ったしほり余韻との本質的相異については云うまでもないことである。それらのことを、穢い、寒い板壁に向って感じた時も私の心に湧いた疑問は、藤村がしんから力を入れて、ねばっている動力は何なのであろうか。本質的には世故・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・傷の癒着と、こういう全身的な衝撃の余韻とがおなじテムポで消えないで、傷は日に日によくなっても、疲れが奥深いところにある。○ 鴎外の「妻への手紙」。明治三十七八年という時代の色、匂いが何と高いだろう。手紙の書かれた環境も、部分的ではあるが・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・それは、ひどく疲れた時には、同じピアノの同じ鍵の音が変に遠方に余韻なく聞えることである。そのとき私は奇妙に思って、一つ音を何度も同じつよさで鳴らして聴いてみたが、鼓膜が耳の中で厚ぼったくなったような感じで、どうしても本当の音がきこえなかった・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・と云っている言葉は、まことに余韻浅からぬものと云うべきであろう。「ミケルアンジェロ」は「現代の人」の一人によって「現代の心のかぎりをこめて」書かれた人生の色彩濃い物語りであり、同時によしや現代がいかようであろうとも、そこを生きる我々は、・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・をみて、接ぷんを人間の心のあらわれとして芸術的に、深い余韻をもって扱っているのに注意をひかれた。より合う心の近さにつれて二つの唇が触れ合おうとしてしかし触れず、互の眼をながめ合ってその瞬間のすぎる風情には、観ていて背筋のひきしまるような美感・・・ 宮本百合子 「さしえ」
出典:青空文庫