・・・東京へ帰って来てからは私はただもう闇屋の使い走りを勤める女になってしまったのですもの。五、六年東京から離れているうちに私も変りましたけれども、まあ、東京の変りようったら。夜の八時ごろ、ほろ酔いのブローカーに連れられて、東京駅から日本橋、それ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ああ、印刷所では、私の無智の作品は、使い走りの小僧にまで、せせら笑われているのだ。ついに貴重な紙を、どっさり汚して印刷され、私の愚作は天が下かくれも無きものとして店頭にさらされる。批評家は之を読んで嘲笑し、読者は呆れる。愚作家その襤褸の上に・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・お金持の使い走りは、いやだった。「僕は奥さんに、たいへん軽蔑されている人間ですから、とてもお役には立ちません。」などと言って、いつも断っていたのである。 十一月のはじめ、庭の山茶花が咲きはじめた頃であった。その朝、僕は、静子夫人から手紙・・・ 太宰治 「水仙」
出典:青空文庫