・・・小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換え、紺足袋をすらりと脱ぎ捨て白足袋をきちんと履いて水際立ったお使者振りを示そうという魂胆であったが、これは完全に失敗した。省線は五反田で降りて、それから小坂氏の書いて下さった略図をたよりに、十丁ほど歩いて・・・ 太宰治 「佳日」
・・・お使者の但馬さんも但馬さんなら、その但馬さんにそんな事を頼む男も男だ、と父も母も呆れていました。でも、あとで、あなたにお伺いして、それは、あなたの全然ご存じなかった事で、すべては但馬さんの忠義な一存からだったという事が、わかりました。但馬さ・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ 時に、ヱホバの使者、天より彼を呼びて、 アブラハムよ、 アブラハムよ、 と言へり。 彼言ふ、 われ、ここにあり。 使者の言ひけるは、 汝の手を童子より放て、 何をも彼に為すべからず、 汝はそのひとり・・・ 太宰治 「父」
・・・ 早打ちの使者の道中を見せる一連の編集でも連句的手法を借りて来ればどんなにでも暗示的なおもしろみを出すことができたであろうと想像される。そういうことにかけてはおそらく日本人がいちばん長じているはずだと思われるのに、その長所を利用しないの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・この版画の油絵はたしかに一つの天啓、未知の世界から使者として一人の田舎少年の柴の戸ぼそにおとずれたようなものであったらしい。 当時は町の夜店に「のぞきからくり」がまだ幅をきかせていた時代である。小栗判官、頼光の大江山鬼退治、阿波の鳴戸、・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・アラ、アポローさまがあんなにケラケラ笑っていらっしゃいます、冥府の御使者がソラ! そこの草のかげから目ばかり出して居りますワ!たまらくなった様に又ペーンとならんで草の上につっぷす。ペーンはソーッとよっておしげなく見えるくびにキッ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 戦国時代ある大名の夫人が、戦いに敗れてその城が落ちるとき、実父の救い出しの使者を拒んで二人の娘とともに自分の命をも絶って城と運命を共にした話は、つよく心にのこすものをもっていると思う。当時の男のこしらえた女らしさの掟にしたがって、その・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・二十四年後、朝鮮から来た三人の使者のうち喬僉知と名乗っているのが、家康の六十六歳の眼にその朝鮮人こそ正しく佐橋甚五郎と映った。「太い奴、好うも朝鮮人になりすましおった。」そして、怱々にして土地を立たせろと命じた。佐橋甚五郎が小姓だったとき同・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 今来るか――今来るか、悲しい黒装束の使者を涙ながらに待ちうけるその刻々の私の心の悲しさ――情なさ、肉親の妹の死は私にどれほどの悲しみを教えて呉れた事だろう。 よしそれが私の身に取って必ず受けなければならない尊い教えであったとしても・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
時 神の第十瞬期処 天の第二級天の上神 ヴィンダーブラ ミーダ カラ イオイナ その他 此等の神々の使者数多。天の第二級雲の上にある宮。もくもくした灰色又は白の積雲・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫