・・・とあらそって居る骸骨の死の使者がガタガタと笑って居た。 単純な頭で死と云う事を最も深く恐れて居る男はびっくりしてひっかえした。「何出世の出来ねえのは御やたちが生み様が悪れえんだ。ただ食ってさえ居ればいいのよ」 そう思って・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・ したがのう、わしは三日前に使者の身なりと料紙だけはまことに見事な手紙をうけとったのじゃ。法 中実は?王 まことにはや年寄った女子の背むしなのより見にくいものでの。 小姓に申しつけて直ぐ裂いてしまって燃してしもうたほどじ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・「――私はお使者なんだから、それは云いますけどね」「来てさえくれりゃあ、本当にわかるんですから……」 女は帯の間から桜紙をとり出し、それを唇でとって洟をかんでから、銀杏返しの両鬢をぐっと掻き上げた頸筋にだけ白粉の残っている横顔を・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 頭に鳥毛飾りの帽子をかぶり、錦のマンテルを着た人は、王様の使者でなくて誰でしょう。 風邪をひいた七面鳥のような蒼い顔になったお婆さんに、使者は恭々しく礼をして云いました。「お婆さん、ちっとも驚くことはありません。私共は王様の姫・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・柄本又七郎へは米田監物が承って組頭谷内蔵之允を使者にやって、賞詞があった。親戚朋友がよろこびを言いに来ると、又七郎は笑って、「元亀天正のころは、城攻め野合せが朝夕の飯同様であった、阿部一族討取りなぞは茶の子の茶の子の朝茶の子じゃ」と言った。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 私はそれを聞いて、「安国寺さんを縁談の使者に立てたとすると、F君はお大名だな」と云った。無遠慮な Egoist たるF君と、学徳があって世情に疎く、赤子の心を持っている安国寺さんとの間でなくては、そう云うことは成り立たぬと思ったのであ・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・しかしお父うさまに頼まれた上で考えてみれば、ほかに弟のよめに相応した娘も思い当らず、またお豊さんが不承知を言うにきまっているとも思われぬので、ご新造はとうとう使者の役目を引き受けた。 川添の家では雛祭の支度をしていた。奥の間へいろい・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫