・・・自分は知人某氏を両国に訪うて第二の避難を謀った。侠気と同情に富める某氏は全力を尽して奔走してくれた。家族はことごとく自分の二階へ引取ってくれ、牛は回向院の庭に置くことを諾された。天候情なくこの日また雨となった。舟で高架鉄道の土堤へ漕ぎつけ、・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 彼女は「妻を娶らば才たけて、みめ美わしく情けあり、友を選ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱……」という歌を歌い終った時、いきなり、「今の歌もう一度歌って下さい」 と叫んだ兵隊が、この人だと思いだしたのである。 そのことを・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・そは心たしかに侠気ある若者なりしがゆえのみならず、べつに深きゆえあり、げに君にも聞かしたきはそのころの源が声にぞありける。人々は彼が櫓こぎつつ歌うを聴かんとて撰びて彼が舟に乗りたり。されど言葉すくなきは今も昔も変わらず。「島の小女は心あ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時にはきっと助かるというようなものであったり、美女で智慮が深くて、武芸が・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
出典:青空文庫