・・・冷静なる法の目から見て、死刑になった十二名ことごとく死刑の価値があったか、なかったか。僕は知らぬ。「一無辜を殺して天下を取るも為さず」で、その原因事情はいずれにもせよ、大審院の判決通り真に大逆の企があったとすれば、僕ははなはだ残念に思うもの・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・というあたりの節廻しや三味線の手に至っては、江戸音曲中の仏教的思想の音楽的表現が、その芸術的価値においてまさに楽劇『パルシフヮル』中の例えば「聖金曜日」のモチイブなぞにも比較し得べきもののように思われるのであった。四 諦める・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・そうしてその科学界を組織する学者の研究と発見とに対しては、その比較的価値所か、全く自家の着衣喫飯と交渉のない、徒事の如く見傚して来た。そうして学士会院の表彰に驚ろいて、急に木村氏をえらく吹聴し始めた。吹聴の程度が木村氏の偉さと比例するとして・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・しかしてこの人間の絶対的価値ということが、己が子を失うたような場合に最も痛切に感ぜられるのである。ゲーテがその子を失った時“Over the dead”というて仕事を続けたというが、ゲーテにしてこの語をなした心の中には、固より仰ぐべき偉大な・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・その各の人の装幀の価値に応じて、より浅く、またより深く、より自己に近く、また自己に遠く。 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・理論から云っても、人生は生活の価値あるものやら、無いものやら解らん。感情上から云っても同じく解らん……つまる所、こんな煮え切らぬ感情があるから、苦しい境涯に居たのは事実だ。が、これは「厭世」と名くべきものじゃ無かろうと思う。 其時の苦悶・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・(徐譬えば下手な俳優があるきっかけで舞台に出て受持だけの白を饒舌り、周匝の役者に構わずに己が声を己が聞いて何にも胸に感ぜずに楽屋に帰ってしまうように、己はこの世に生れて来て何の力もなく、何の価値もなく、このままこの世を去らねばならぬか。何で・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・彼はほとんど作家と称せらるるだけの価値をも有せざるべし。彼が新言語を用うるに先だつ百四、五十年前に芭蕉一派の俳人は、彼が用いしよりも遥かに多き新言語を用いたり。彼の歌想は他の歌想に比して進歩したるところありとこそいうべけれ、これを俳句の進歩・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・又、他人の恋愛問題と自分のそれとは全然個々独立したもので、それぞれ違った価値と内容運命とを持っている筈のものです。恋愛とさえ云えば、十が十純粋な麗わしい花であるとも思えません。 私は、恋愛生活と云うものを余り誇張してとり扱うのは嫌いです・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・そしてその中に性命がある。価値がある。尊い神話も同じように出来て、通用して来たのだが、あれは最初事実がっただけ違う。君のかく画も、どれ程写生したところで、実物ではない。嘘の積りでかいている。人生の性命あり、価値あるものは、皆この意識した嘘だ・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫