・・・ しかし、若し、その人達が、人間についてほんとうに考えるなら、そして、人間を愛する心があるなら、現在、みんなが、人間に対して抱いているような、甚しく、人間それ自からの価値を侮蔑したような考えを有していることに堪えられなくなる筈だ。少くと・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・マルクスの如く歴史の発展を物力の必然として人間の道徳的努力の参与を拒むことは、たといその結果が理想社会に到達しようと、人間性を侮蔑するものである。改革の手段に暴力を用いる用いないの点よりも、この人間の特性の貶斥は最も許し難き冒涜である。人間・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 青春の黄金の日において、悪ズレのした、リアリスチックな女性侮蔑者であるほど悲しむべきことはない。ましてそれは早期の童貞喪失を伴いやすく、女性を弄ぶ習癖となり、人生一般を順直に見ることのできない、不幸な偏執となる恐れがあるのである。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・よりもやや奸悪の方の人物でありますが、まさに馬琴の同時代に沢山生存して居たところの人物でありまして、それらの一種の色男がり、器用がり、人の機嫌を取ることが上手で、そして腹の中は不親切で、正直質朴な人を侮蔑して、自分は変な一種の高慢を有して居・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ 僕のそういったような言葉はどうやら青扇の侮蔑を買ったらしく彼は、さあ、と言ったきりで、自分の両手の手の甲をそろっと並べ、十枚の爪を眺めていた。 青扇は、さきに風呂から出た。僕は湯槽のお湯にひたりながら、脱衣場にいる青扇をそれとなく・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・少年も寝ころんでいて、大声で、侮蔑の言葉を返却して寄こした。「せめて、ガロアくらいでなくちゃ、そんないい言葉が言えないんだよ。」 何を言っても、だめである。私にも、この少年の一時期が、あったような気がする。けさの知識は、けさ情熱を打ち込・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・さえ大いなる難儀を覚え、キュラソオ、ペパミント、ポオトワインなどのグラスを気取った手つきで口もとへ持って行って、少しくなめるという種族の男で、そうして日本酒のお銚子を並べて騒いでいる生徒たちに、嫌悪と侮蔑と恐怖を感じていたものであった。いや・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ 少女の瞳のなかに、なんの侮蔑も感じられなかった。それが私を落ちつかせた。それでは、昨日の私の狂態も、まんざら大失敗ではなかったのか。いや、失敗どころか、かえってこの少女たちに、なにか勇敢な男としての印象を与えたのかも知れない。そう自惚・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・するとその女性は、けがらわしいとでもいうようなひどい嫌悪と侮蔑の眼つきで、いつまでも私を睨んでいた。たまりかねて私は、その女性の方に向き直り、まじめに、低い声で言ってやった。「僕が何かあなたに猥褻な事でもしたのですか? 自惚れてはいけま・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・日本浪曼派、またその支持者各々の個性をこそ、ゆゆしきものと思い、いかなる侮蔑をもゆるさず、また、各々の生きかた、ならびに作品の特殊性にも、死ぬるともゆずらぬ矜を持ち、国々の隅々にいたるまで、撩乱せよ、である。ソロモン王と賤民・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫