・・・そして大友は種々と詳細い談話をして、自分がどれほどその女から侮辱せられたかを語った。そして彼自身も今更想い起して感慨に堪えぬ様であった。「さぞ憎らしかッたでしょうねエ、」「否、憎らしいとその時思うことが出来るなら左まで苦しくは無いの・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 好意からの助言には相違無いが、若崎は侮辱されたように感じでもしたか、「いやですナア蟾蜍は。やっぱり鵞鳥で苦みましょうヨ。」と、悲しげにまた何だか怨みっぽく答えた。「そんなに鵞鳥に貼くこともありますまい。」「イヤ、君だっ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・龍介は女を失ったということより、今はその侮辱に堪えられなかった。心から泣けた。――何回も何回もお預けをしておいてしまいにあかんべい、だ! 龍介はこの事以来自分に疲れてきた。すべて自信がもてない。ものをハッキリ決めれない、なぜか、そうきめると・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・おげんに言わせると、この弟達の煮え切らない態度は姉を侮辱するにも等しかった。彼女は小山の家の方の人達から鋏を隠されたり小刀を隠されたりしたことを切なく思ったばかりでなく、肉親の弟達からさえ用心深い眼で見られることを悲しく思った。何のための上・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・又あなたは御自分に対して侮辱を加えた事の無い第三者を侮辱して置きながら、その責を逃れようとなさる方でも決してありますまい。わたくしはあなたが、たびたび拳銃で射撃をなさる事を承っています。わたくしはこれまで武器と云うものを手にした事がありませ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・先生は、昨年の春、同じ学部の若い教授と意見の衝突があって、忍ぶべからざる侮辱を受けたとかの理由を以て大学の講壇から去り、いまは牛込の御自宅で、それこそ晴耕雨読とでもいうべき悠々自適の生活をなさっているのだ。私は頗る不勉強な大学生ではあったが・・・ 太宰治 「佳日」
・・・それから法廷を侮辱した科によって、同時に罰金二十マルクに処せられた。「被告の所有者たる襟は没収する限りでないから、一応被告に下げ渡します」と、裁判長が云った。「あの差押えた品を渡せ」と云うや否や、押丁はおれに例の紙包みを持って来て渡した・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・日本人はアメリカでは始終排斥され侮辱されていても、それとは無関係に寛大な日本人はアメリカ文化にあくがれるのである。そうしてあの一種特有なアメリカ人の歩き方までを真似ようとするのである。 日本の固有文化は外国人には一体に分かりにくい。中で・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・こういう考え方はしかし決して改札の駅員を侮辱するものではないので、すべての人間はある度まではある場合のある環境のもとにはやはり一種の自動人形としてしか働いていないからである。すべてのいわゆるプロフェッションはそうした環境をわれわれに供給する・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・深水は最初に彼らしい勿体ぶりと、こっちが侮辱されるような、意味ありげな会釈をのこして、小径のむこうに去っていったが、三吉は何故だかすこし落ちついていた。二人きりになってしまったのに、さっきまでの、何ときりだすかという焦慮と不安は、だいぶうす・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫