・・・すべて、生活の便法である。非難すべきではない。けれども、いやしくも作家たるものが、鴎外を読んだからと言って、急に、なんだか真面目くさくなって、「勉強いたして居ります。」などと、澄まし込まなくてもよさそうに思われる。それでは一体、いままで何を・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・その工夫が積り積って汽車汽船はもちろん電信電話自動車大変なものになりますが、元を糺せば面倒を避けたい横着心の発達した便法に過ぎないでしょう。この和歌山市から和歌の浦までちょっと使いに行って来いと言われた時に、出来得るなら誰しも御免蒙りたい。・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・それにはこういう公会堂のようなものを作って時々講演者などを聘して知識上の啓発をはかるのも便法でありますし、またそう知的の方面ばかりでは窮屈すぎるから、いわゆる社交機関を利用して、互の歓情をつくすのも良法でありましょう。時としては方便の道具と・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・人民の力の表現である真に民主的な政党は、治安維持法こそないが、他の変通自在な便法によって圧殺され、日本人民は、自主の黎明において自分の道をはぐらかされまいものでもないのである。 農村の自主化、都市労働者の生産管理による必要物資のより多量・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・そして、民族的偏見に火をつけて、自分らの政権を維持する便法にした。ナチスの他民族排撃の野蛮さは人類史の最大の汚辱といえる。ナチスは、ユダヤ人を追放し、財産を没収し、集団的に虐殺した。ニュールンベルグの国際裁判の公判廷で、ゲーリングは自分らの・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・自分の外で移り変ってゆく風俗をでも語るように語っていて、自分の望みは理想なのか実際の便法なのか、その区分の自覚もされていない。要求そのものとしてはいかにもはっきりとしていて、しかもその要求をめぐってゆく心は何となし厚皮していて怠惰だという現・・・ 宮本百合子 「若い世代の実際性」
・・・それは数十万円の税金を払う最も多額の利潤を得た人々のために、政府が考えてやっている便法である。より少い、より僅かしか儲けなかった人に課せられる税は、率は少くても利潤の大半を引攫うものであろうが、それに対しては猶予はないのである。彼等の戦時利・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫