・・・それだから、よく分った人は俗人の不思議に思うような事を毫も不思議と思わない。今まで知れた因果以外にいくらでも因果があり得るものだと承知しているからであります。ドンが鳴ると必ず昼飯だと思う連中とは少々違っています。 ここいらで前段に述べた・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・だから個人主義、私のここに述べる個人主義というものは、けっして俗人の考えているように国家に危険を及ぼすものでも何でもないので、他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するというのが私の解釈なのですから、立派な主義だろうと私は考えているので・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・自己を保護せずしてかえって自己を棄てたる俗世俗人に対してすら、彼は時に一、二の罵詈を加うることなきにしもあらねど、多くはこれを一笑に付し去りて必ずしも争わざるがごとし。「独楽」の中にたのしみは木芽にやして大きなる饅頭を一つほほばりし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・誦するにも堪えぬ芭蕉の俳句を註釈して勿体つける俳人あれば、縁もゆかりもなき句を刻して芭蕉塚と称えこれを尊ぶ俗人もありて、芭蕉という名は徹頭徹尾尊敬の意味を表したる中に、咳唾珠を成し句々吟誦するに堪えながら、世人はこれを知らず、宗匠はこれを尊・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・人間の生活の足どりを外面的に批判しようとする俗人気質に葉子と共に作者も抵抗している。それらの点で作者の情熱ははっきり感じられるのであるが、果して作者は葉子の苦痛に満ちた激情的転々の根源を突いて、それを描破し得ているということが出来るであろう・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・官吏、軍人、実業家の大頭の連中が、待合にゆくのが遊蕩であると考える俗人を睥睨して集合する築地の有名な待合×××を、この新聞の読者の何人が日常の接触で知っているであろうか、という質問によって。―― 横光利一氏などが中心に十円会という会があ・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ ひところの日本にあった、結婚はしたくはないが、子供は欲しいという表現は、ジュヌヴィエヴが、俗人でていさいやの父親というものに代表されているフランス社会の保守の習俗にぶっつけて、その面皮をはぐことで人間の真実の生活の顔を見ようと欲した激・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・他の一方には、漱石からはじまって芥川龍之介などのように、俗人的教養を否定する武器としての文学的教養を高く評価した一群の人々があった。これら二様の態度は、教養に対しては二つの端に立ちつつも、世俗的な常識に対して戦う態度は相通じたものをもってお・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・赤坊だの、おしめだの、家庭だのって時代おくれの俗人趣味だ。俺はいやだ、って…… ミーチャは手に持ってた針金の束でポンポン自分の脛をたたいた。 ――じゃ何かい、フェージャは……馬鹿らしい! お前達んところにはこうやってちゃんと独立した・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・清潔な社会主義社会にとって有毒な官僚主義、俗人趣味のバチルスとしてのプリスィプキンは仮死状態で発見されたがそれをどう処理するか。やっぱり全СССРのラジオの決議で活きかえらすことになり、珍動物として厳重な檻の中で試育され、マスクをかけた一九・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫