・・・四 俗曲趣味 二葉亭は江戸ッ子肌であった。あの厳しい顔に似合わず、(野暮粋とか渋いとかいう好みにも興味を持っていて相応に遊蕩もした。そういう方面の交際を全く嫌った私の生野暮を晒って、「遊蕩も少しはして見ないとホントウの人生が・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・そうかと言って邦楽の大部分や俗曲の類は子供らにあまり親しませたくなし、落語などというのは隣でやっているのを聞くだけでも私は頭が痛くなるようであった。それで結局私のレコード箱にはヴィクターの譜が大部分を占めるようになった。 妙なもので、初・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・この七五、また五七は単に和歌の形式の骨格となったのみならずいろいろな歌謡俗曲にまで浸潤して行ってありとあらゆる日本の詩の領分を征服し、そうしてすべての他の可能なるものを駆逐し、排除してしまっている。これは一つの大きな「事実」である。そうだと・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・しかしその軽快鮮明なる事は俗曲と称する日本近代の音楽中この長唄に越すものはあるまい。 端唄が現す恋の苦労や浮世のあじきなさも、または浄瑠璃が歌う義理人情のわずらわしさをもまだ経験しない幸福な富裕な町家の娘、我儘で勝気でしかも優しい町家の・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ かつてわたくしはこの時分の俗曲演劇等の事を論評した時明治十年前後の時代を以て江戸文芸再興の期となしたが、今向島桜花のことを陳るに及んで更にまたその感がある。 明治年間向島の地を愛してここに林泉を経営し邸宅を築造した者は尠くない。思・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫