・・・ 修身 道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。 * 道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である。 * 妄に道徳に反するものは経済の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「第一年上のものを擲るということは、修身の道にもはずれている訣です。」「年上のものを? この木樵りはわたしよりも年下です。」「冗談を言ってはいけません。」「いえ、冗談ではありません。わたしはこの木樵りの母親ですから。」 ・・・ 芥川竜之介 「女仙」
・・・「また、今時に珍しい、学校でも、倫理、道徳、修身の方を御研究もなされば、お教えもなさいます、学士は至っての御孝心。かねて評判な方で、嫁御をいたわる傍の目には、ちと弱すぎると思うほどなのでございますから、困じ果てて、何とも申しわけも面目も・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ しかし、鳥がそうする時分は、吉雄は、学校へいってしまって、教室にはいって、先生から、お修身や、算術を教わっているころなのでありました。 どこか、遠いところで、凧のうなる音が聞こえていました。そして、風が、すさまじく、すぎの木の頂を・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・いちばん修身と歴史が好きだよ。君は? ……」 正雄さんも歴史は大好きなもんですから、「僕も歴史は好きだ。やはり海の学校の読本にも、壇の浦の合戦のことが書いてあるかえ。」とききました。「それはあるさ、義経の八そう飛びや、ネルソンの・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・今日の小学校の教育殊に修身科の如きものに就て、教師が今までの与えられた処の概念をそのまゝ吹き込むことは何等の役にも立つものではない。例えば今日吾々の間に存在する日常の習慣や礼儀等はどれ程の価値あるものであろうか。試みに小学校の修身書を一瞥し・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・現に私は学生時代に、修身教育しか知らなかった愛人を、ゴッホや、ベルグソンがわかり、ロダンの「接吻」にいやな顔をしないところまで、一年間で教えこんでしまった。およそ青年学生時代に恋を語り合うとき、その歓語の半分くらいは愛人教育にならないような・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・学校の修身と、世の中の掟と、すごく違っているのが、だんだん大きくなるにつれてわかって来た。学校の修身を絶対に守っていると、その人はばかを見る。変人と言われる。出世しないで、いつも貧乏だ。嘘をつかない人なんて、あるかしら。あったら、その人は、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・あの三氏の伝説は、あれは修身教科書などで、「忍耐」だの、「大勇と小勇」だのという題でもってあつかわれているから、われら求道の人士をこのように深く惑わす事になるのである。私がもし、あの話を修身の教科書に採用するとしたなら、題を「孤独」とするで・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ 勝負事を否定するかと思うと、双六の上手の言葉を引いて修身治国の道を説いたり、ばくち打の秘訣を引いて物事には機会と汐時を見るべきを教えている。この他にも賭事や勝負に関する記事のあるところを見ると著者自身かなりの体験があったことが想像され・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
出典:青空文庫