・・・二三日前から太宰君に原稿料として二十円を送るように、たびたびハガキや電報を貰っているのですが、社の稿料は六円五十銭しかあげられず、小生ただいま、金がなく漸く十円だけ友人に本日借りることができました。四度も書き直してくれて、お気の毒千万なので・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・もし講義の内容が抜け目なく系統的に正確な知識を与えさえすればいいとならば、何も器械の助けを借りるまでもなくその教師の書いた原稿のプリントなり筆記なりを生徒に与えて読ませれば済む場合もあるわけである。甲の講義を乙が述べてもそれでたくさんなわけ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 現代の俳句界はジャーナリズムの力を借りることなしには大衆を包括することができないのに、今のジャーナリズムの露骨主義と連句の暗示芸術というものとは本来別世界の産物である。しかし、現状をはなれて抽象的に考えてみると連句的ジャーナリズムやジ・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・少なくも優れた科学者が方則を発見したりする場合には直感の力を借りる事は甚だ多い。そういう場合には論理的の証明や分析はむしろ後から附加されるようなものである。また一方において漫画家の抽象は必ずしも直感のみによるとは考えられない。たとえ無意識に・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・わたくしはこんな淋しいところに家を建てても借りる人があるか知らと、何心なく見返る途端、格子戸をあけてショオルを肩に掛けながら外へ出た女があった。女は歩きつかれたわたくしを追越して、早足に歩いて行く。 わたくしは枯蘆の中の水たまりに宵の明・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・その、自分の家でありながら六畳の方へは踏み込まず、口数多い神さんが気に入らなかったが、座敷は最初からその目的で拵えられているだけ、借りるに都合よかった。戸棚もたっぷりあったし、東は相当広い縁側で、裏へ廻れるように成ってもいる。 陽子は最・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・午後五時いまだ淡雪の消えかねた砂丘の此方部屋を借りる私の窓辺には錯綜する夜と昼との影の裡に伊太利亜焼の花壺タランテラを打つ古代女神模様の上に伝説のナーシサスは純白の花弁を西風にそよがせほのかに わが幻想を・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・モスクワならモスクワ市の住宅管理局というものがあってそこから組合で、または個人で家を借りるのだ。 ところが一つ大いに愉快なことがある。それはさすがはプロレタリアートと農民のソヴェト同盟だ。家賃は借りる人が一ヵ月にとる月給に応じてきめられ・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
・・・ 貸すための家に出来て居るんだから人が借りるのに無理が有ろう筈もないけれども、なろう事ならあんまり下司張った家族が来ません様にと願って居る。 前に居た人達は、相当に教養があるもんだから、静かな落付きのある生活をして居たが、いつだった・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・何で人間の手を借りる必要があるだろう。諸君はこの活ける神を信じないか。そのひとり子をこの世に送り、彼を死よりよみがえらせて明らかな証を我々に示したこの大いなる神を信じないか。云々。 ――このパウロの熱心は、とにかく千数百年の後まで権威を・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫