・・・私は厳しい保守的な家に育った。借銭は、最悪の罪であった。借銭から、のがれようとして、更に大きい借銭を作った。あの薬品の中毒をも、借銭の慚愧を消すために、もっともっと、と自ら強くした。薬屋への支払いは、増大する一方である。私は白昼の銀座をめそ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・それは、いつわりの無い、白々しく興覚めするほどの、生真面目なお約束なのであるが、私が、いま、このような乱暴な告白を致したのは、私は、こんな借銭未済の罪こそ犯しているが、いまだかつて、どろぼうは、致したことが無いと言うことを確言したかったから・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・一日一日、食って生きてゆくことに追われて、借銭かえすことに追われて、正しいことを横目で見ながら、それに気がついていながら、どんどん押し流されてしまって、いつのまにか、もう、世の中から、ひどい焼印、頂戴してしまっているの。さちよなんか、もっと・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・わざと三円の借銭をかへさざる。ましろき女の裸身よこたはりたる。わが面貌のたぐひなく、惜しくりりしく思はれたる。おまつり。」もう、よし。私が七つのときに、私の村の草競馬で優勝した得意満面の馬の顔を見た。私は、あれあれと指さして嘲った。それ以来・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・これで、借銭をみんなかえせる。小説の題、「白猿狂乱。」 太宰治 「悶悶日記」
・・・去年の大晦日に、母は祖父の秘密のわずかな借銭を、こっそり支払ってあげた功労に依って、その銀貨の勲章を授与されていたのである。「一ばん出来のよかった人に、おじいさんが勲章を授与なさるそうですよ。」と母は、子供たちに笑いながら教えた。母は、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・その頃より六郎酒色に酖りて、木村氏に借銭払わすること屡々なり。ややありて旅費を求めてここを去りぬ。後に聞けば六郎が熊谷に来しは、任所へゆきし一瀬が跡追いてゆかんに、旅費なければこれを獲ぬとてなりけり。酒色に酖ると見えしも、木村氏の前をかく繕・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫