・・・しかし最後にオレンジだのバナナだのの出て来た時にはおのずからこう云う果物の値段を考えない訣には行かなかった。 彼等はこのレストオランをあとに銀座の裏を歩いて行った。夫はやっと義務を果した満足を感じているらしかった。が、たね子は心の中に何・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・第二の盗人 ただ値段次第だな。王子 値段は――そうだ。そのマントルの代りには、この赤いマントルをやろう、これには刺繍の縁もついている。それからその長靴の代りには、この宝石のはいった靴をやろう。この黄金細工の剣をやれば、その剣をくれて・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・「それは早田からお聞きのことかもしれんが、おっしゃった値段は松沢農場に望み手があって折り合った値段で、村一帯の標準にはならんのですよ。まず平均一段歩二十円前後のものでしょうか」 矢部は父のあまりの素朴さにユウモアでも感じたような態度・・・ 有島武郎 「親子」
・・・――近頃は、東京でも地方でも、まだ時季が早いのに、慌てもののせいか、それとも値段が安いためか、道中の晴の麦稈帽。これが真新しいので、ざっと、年よりは少く見える、そのかわりどことなく人体に貫目のないのが、吃驚した息もつかず、声を継いで、「・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・とおおよその値段を当った。――冷々とした侘住居である。木綿縞の膝掛を払って、筒袖のどんつくを着た膝を居り直って、それから挨拶した。そッときいて、……内心恐れた工料の、心づもりよりは五分の一だったのに勢を得て、すぐに一体を誂えたのであった。―・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・売りに出ている店を一軒一軒廻ってみて、結局下寺町電停前の店が二ツ井戸から道頓堀、千日前へかけての盛り場に遠くない割に値段も手頃で、店の構えも小ぢんまりして、趣味に適っているとて、それに決めた。造作附八百円で手を打ったが、飛田の関東煮屋のよう・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・なにも知らない温泉客が亭主の笑顔から値段の応対を強取しようとでもするときには、彼女は言うのである。「この人はちっと眠むがってるでな……」 これはちっとも可笑しくない! 彼ら二人は実にいい夫婦なのである。 彼らは家の間の一つを「商・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・外米は、内地米あるいは混合米よりもいくらか値段が安いのでそこを見こんで買うのである。これを米屋の番頭から聞きこんだあるはしっこい女は、じゃ、うちにある外米を売ってあげよう、うんと安くしてあげてもかまわないから、と云いだした。 往復一里も・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
投票を売る 投票値段は、一票につき、最低五十銭から、一円、二円、三円と、上って、まず、五円から、十円どまり位いだ。百姓が選挙場まで行くのに、場所によっては、二里も三里も歩いて行かなければならない。 ところが・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・但馬さんもしきりに引越すようにすすめて、こんなアパートに居るのでは、世の中の信用も如何と思われるし、だいいち画の値段が、いつまでも上りません、一つ奮発して大きい家を、お借りなさい、と、いやな秘策をさずけ、あなたまで、そりゃあそうだ、こんなア・・・ 太宰治 「きりぎりす」
出典:青空文庫